平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)

 この町で過ごす最後の日、星野さんはぼくにそう言った。「わたしが東くんを今日ここに呼び出した理由を当たられたら、東くんの勝ち」。夕闇の迫る〈水なし沼〉で、二人だけのゲームが始まる。(帯より引用)
 『小説推理』2025年1月号に掲載され、第79回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作。他、『WEB小説推理』2025年11月号、2026年2月号に掲載された作品に書き下ろしを加え、全4編を収録。2026年9月、刊行。

 中学2年生の春休み前最後の日。父親の仕事の都合で明日引越しをする(あずま)を、クラスメイトで同じ図書委員の星野が、小さな山の麓にある潰れた釣り堀の跡地、通称〈水なし沼〉に呼び出した。人一人分の大きさをした、ブルーシートで包んでロープ巻かれた何かを前に、星野は東に穴を掘ってほしいの、とシャベルを渡しながら言った。そして星野は最後の思い出作りとして、「わたしが東くんを今日ここに呼び出した理由」を当ててほしいと言った。東は穴を掘りながら、二人だけのゲームに挑む。「ぼくらが夕闇を埋めた場所」。
 高校生の高橋優子は、無人カフェ〈ユアセルフ〉で高校生の山本くんと知り合い、時々話すようになる。数か月後、〈ユアセルフ〉で初めて見た三十代半ばの女性を見て、優子は山本に勝負を持ちかける。女性は飲み物も買わず、一体何をしているのか。優子が勝ったら、文化祭を一緒に回ってもらう、と約束した。「カフェオレ色の恋をした」。
 この町で、25歳のぼくは幽霊だ。誰も気づかないし、仮に気づいても見なかったふりをする。ぼくは秋のある日、公園で小学生たちが「神林がまた幽霊を見た」という話をしているのを耳にする。ぼくは小学五年生の神林幸平を探し出し、声を掛けた。神林が見たという幽霊は、幽霊が見えるぼくが探していた幽霊だった。「幽霊は着替えない」。
 ミステリ作家山下巧海はサイン会で、見知らぬ二十代の女性から私のことをわかりますかと尋ねられたが、心当たりは全くなかった。サインを書くために名前を尋ねると、それは山下がよく知っている女性の名前。しかも本を受け取る代わりにまりものキーホルダーを差し出した。思わず山下は女性の手を払いのける。しかも撮影禁止のイベントなのに、その時の映像がネット上に出回り、山下は炎上した。しかも山下のデビュー作は実話であり、彼はデビュー作通りに殺人を犯したとの噂まで広がった。「わたしたちのエンドロール」。

 作者のことは全く知らなかったが、2021年に「射手座の香る夏(「夜の果て、凪の世界」を改題)」で第12回創元SF短編賞(東京創元社)を受賞。2024年、短編集『射手座の香る夏』(東京創元社)でデビューしている。
 日本推理作家協会賞を受賞した「ぼくらが夕闇を埋めた場所」であるが、選考委員である月村了衛が「文句のつけどころのない秀作」というのがよくわかる。文章もきれいだし、文体は瑞々しいし、登場人物のキャラクター造形もいい。そして推理の展開やストーリーもお見事。他の候補作を読んでいるわけではないが、満場一致で受賞と言われても納得の傑作である。
 『本格王2026』に選出されたという「カフェオレ色の恋をした」もなかなかの出来。謎解きと淡い恋が心地よくブレンドされた佳作である。
 本短編集の中で一番長いのが「幽霊は着替えない」であるが、残念ながらこの作品は他と比べてちょっと落ちる。もうちょっと整理して書けばよかったのにと思う。
 最終話の「わたしたちのエンドロール」も悪くない。これ以上は書きづらいけれど、これもまた佳作と言っていい。
 あまり中身には触れられないが、青春のほろ苦さと謎解き、そして心の闇の割合を作品ごとに変え、上手くブレンドした作品が並んでいる。ミステリファンなら、そしてホラーファンにも、これは読んでみた方がいいよ、と素直に言える短編集である。ベスト10は難しいかもしれないが、ベスト20には入ってくるんじゃないかな。次作もミステリなら、読んでみようと思わせる作家である。