平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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吉永達彦『古川』(角川ホラー文庫)

古川 (角川ホラー文庫)

古川 (角川ホラー文庫)

一九六〇年代初頭、大阪の下町を流れる「古川」。古川のほとりの長屋では、小学生の真理とその家族がつつましく暮らしていた。しかし、ある嵐の夜、真理の前に少女の幽霊が現れて――。ノスタルジックなイメージに満ちた、「癒し系」ホラー小説。第八回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

2001年、「古川」で第8回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。受賞作に「冥い沼」を収録して2001年6月にハードカバーで刊行。2003年9月、文庫化。



「古川」「冥い沼」はどちらも1960年代の大阪の下町を舞台とした作品。思わず懐かしいと言いたくなるような風景が描写されていると、確かにノスタルジックなイメージに浸ってしまうのは事実。しかも小学生を主人公にした日常が描かれていることが、余計に郷愁を誘う。その点は認めるのだが、「癒し系」といわれてしまうと、どこを指しているのかよくわからない。

どっちを選ぶかといわれたら、間違いなく「冥い沼」。「古川」は、小学生の真理と弟の真司とのやり取りのところは面白いのだが、三年前に死んだ真弓が出てくるところからの展開はあまりにも急すぎるというか、唐突というか。川から出てくるのなら、もう少し伏線がほしかったところ。「冥い沼」にはそれがあった。また「冥い沼」に出てくるやくざと父親のやり取りもよかったなあ。親子の関係もうまく書かれていたと思う。これを「癒し系」というのかどうかは疑問だが、下町らしい人情はよく描かれていたと思う。

受賞作より併録の方が良いってどういうこと? まあ、作者がやりたいことはなんとなくわかった。この路線で進められるのだったら、続けてほしかったが。