カメラマンの南
『ジャーロ』2018、2019年掲載作品に書き下ろしを加え、2019年5月、光文社より単行本刊行。2022年5月、文庫化。
21時過ぎ、本社からの指示で点検に来たトランクルームの管理人が、殺された死体を発見。トランクルームの借主は、麻薬売買の疑いがあるリストに名前が載っていたため、麻薬関連のトラブルが予想された。トランクルームには、高級品の帽子が数多く飾られていた。「或るローマ帽子の謎」。
足立区の高級住宅街の一角にある屋敷で、一人暮らしの高齢の女性が扼殺された。遺体のある応接室には、フランス製の白粉がばら撒かれていた。そして女性の部屋にはコカインが隠されていた。女性は麻薬売買組織の主要幹部の一人だった。「或るフランス白粉の謎」。
長野県南部の大病院の院長宅。院長婦人の趣味は木靴のコレクションで、14足もある木靴は実際に使用しているという。翌朝、院長が母屋の応接室で殴り殺されていたのは発見された。凶器は木靴。院長も木靴を穿いていたが、凶器とは別。そして木靴が飾られていた平屋棟から母屋まで、一足の足跡が中庭に残されていた。「或るオランダ靴の謎」。
美樹風は大学の後輩たち五人を連れ、山間部のコテージでゼミの夏合宿を行った。夜は宴会で騒ぐも次の日の朝、中央広場のT字形の案内板に磔にされた首なし死体が発見された。被害者は合宿に参加していなかった学生であり、昨日の夜、合宿に参加していた恋人にサプライズプロポーズをする予定であった。「或るエジプト十字架の謎」。
カメラマンの南美樹風と、美樹風の心臓移植手術を成功させたロナルド・キッドリッジの娘で、来日している法医学者のエリザベス・キッドリッジが事件に挑む短編集。タイトルを見ればすぐにわかる通り、クイーンの国名シリーズを意識したものとなっている。ただし、雑誌発表順はエジプト→オランダ→フランスの順で、ローマが書下ろしである。
南美樹風は作者の主要作品に出てくる探偵役だが、過去二冊読んだ限りではあまり興味を惹かれる人物ではなかった。ただし本書では血が流れているのが感じ取れて、面白い人物になっている。美樹風の姉やエリザベスのように、年上の女性に世話を焼かれる倒人物設定がようやくわかってきたからかな。
作品発表が逆順になっているとは思えなかったが、確かに出来という点では最新作かつ冒頭の「或るローマ帽子の謎」が一番である。特になぜ死体の頭部がメチャクチャにされているのか、という謎から一気に犯人像まで推理する流れには恐れ入った。「或るローマ帽子の謎」の麻薬組織が絡んでくるのが「或るフランス白粉の謎」なのだが、まさか逆に書かれているとは思わなかった。ただ、ある一点から犯人まで導き出す推理はクイーンの亜流でしかなく、今一つ。
「或るオランダ靴の謎」も出来としては悪くない。うまく木靴を使っている。一方、「或るエジプト十字架の謎」は今一つ。犯人像と行動に少々難があった。
柄刀作品で面白く読んだのは『時を巡る肖像』以来じゃないか、というくらい面白かった。これだったらシリーズとして次の作品を読みたくなる。