平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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古泉迦十『崑崙奴』(星海社FICTIONS)

 大唐帝国の帝都・長安で生ずる、奇怪な連続殺人。屍体は腹を十文字に切り裂かれ、臓腑が抜き去られていた。犯人は屍体の心肝を()っているのでは――。
 崑崙奴(こんろんど)――奴隷でありながら神仙譚の仙者を連想させる異相の童子により、捜査線は何時しか道教思想の深奥へと導かれ、目眩めく夢幻の如き真実が顕現する――!
 第17回メフィスト賞『火蛾』で鮮烈なデビューを飾った幻の作家・古泉迦十による24年ぶりの本格ミステリ超大作が、ここに降臨!(粗筋紹介より引用)
 2024年11月、書下ろし刊行。

 崑崙奴とは、文字通り崑崙の奴隷という意味である。しかし崑崙は中国の西方にある中国古代の伝説上の山岳のことではなく、林邑(りんゆう)ベトナム中部)のさらに南、馬来(マライ)爪哇(ジャワ)あたりを広く指す地名である。
 三月二日、この春五度目の進士(しんし)科(学識試験による官僚登用制度の貢挙(こうきょ)のうち、定期に実施される常挙(じょうきょ)の最難関であり、及第(きゅうだい)すれば必然的に高級官僚への途が拓かれる)受験に失敗した28歳の裴景(はいけい)は、名門崔家の御曹司で千牛備身(せんぎゅうびしん)を務める友人の崔静(さいせい)の家を訪ねた。崔静が留守であり出直そうとしたところ、崑崙奴の魔勒(まろく)からの相談を聞くことになる。崔静の様子がおかしく、ここひと月、お勤めがある日もない日も毎日朝早く出て夜遅くまで帰らない。しかも家人の誰ともまともに口を利かない。千牛衛(せんぎゅうえい)(禁軍の一翼をになう部隊の一つで、品階は高くないものの、天子の侍衛をする異色の役割)の同僚も理由を知らず、不思議に思っているという。そのきっかけが、二月五日に病床の父親・尚書(さいしょうしょ)の名代としてどこかへ出かけ、次の日に帰ってきた。そのとき、衣服から希少な瑞龍脳(ずいりゅうのう)の香りがしたという。崔尚書は病床で面会謝絶、董宰(とうさい)(崔家を取り仕切る家宰――老番頭)の董戌(とうじゅつ)も何も知らないという。もしかしたら夜宴が開かれ、そこで瑞龍脳が()かれたのではないか。そのため、北里(ほくり)長安随一の花柳街)へ行き、元妓女(ぎじょ)で北里の妓楼蘇家楼(そかろう)の下働きである蘇九娘(そきゅうじょう)なら何か知っているのではないか、尋ねてきてほしいというのである。
 知人であり、身の丈六尺にもなる22歳の大女、蘇九娘を尋ねた裴景は、おなかが十の字に大きく切り開かれて、真っ黒い穴が開いていた官人らしき屍体が北里の手前で溝にはまっていたのを見に行っていたと聞かされる。試験に落ちてしばらく下宿先に閉じこもっていて世事に疎くなっていた裴景が事情を聞くと、ここ10日間で同じような官人と商売人の死体が発見されており、今回で3人目だという。まさか崔静ではないかと見に行くが、違っていた。そこへ現れた右金吾衛(きんごえい)長安の警察及び門衛)の佽飛(しひ)が数名現れ野次馬たちを追い払う。ここは左金吾衛の管轄なのになぜ? 蘇家楼に戻った裴景は、事情通の蘇九娘に改めて夜宴のことを尋ねるも、聞いたことはないという。しかし蘇九娘は、中所侍郎(ちゅうしょじろう)(政策の立案、詔勅の起草をつかさどる中書省の次官で、品階は正四品上)の元載(げんさい)の邸の前に崔静が居たのを昨日見かけたという。元載は今上皇帝が最も厚い信頼を寄せる権臣であるが、恩人でもあっさり殺害する冷酷さと、利権を独占し巨万の富を築き上げた悪徳さを兼ね備えた人物でもあった。蘇九娘はさらに、その元載の大寧坊(だいねいぼう)の邸に、とんでもない美貌の女冠(じょかん)(女の道士)がいるという。しかも知り合いが言うには、二年位前に教坊(宮女に歌舞や楽器等の技芸を教導する官立の訓練学校)で見かけたことがあるというのだ。妃嬪(ひひん)(皇帝から直接寵愛を受ける女性のこと)ではないというが、宮女であることは間違いない。しかし、宮女は後宮から出ることはできない。蘇九娘は元載がその女冠を上元の藪入りのどさくさにまぎれて、無理やり連れ込んだのではないかと想像した。
 裴景は女冠を見たことがあるという光徳坊の商人・孔達(こうたつ)を訪ねるが、孔達は殺されていた。しかも腹は十文字に切り開かれ、黒い穴が開いていた。裴景は通りがかりの人に頼んで坊胥(ぼうしょ)に通報したが、現れたのは友人であり、京兆府(けいちょうふ)賊曹(ぞくそう)(盗賊を取り締まる官。首都警察の警部ぐらい)である突厥(トルコ)人の斛律雲(こくりつうん)(あざな)(とう))。斛律雲は、全ての死体の贓物がなくなっていたという。さらに数日後、崔静が失踪した。裴景は斛律雲とともに、事件の渦中に飛び込むこととなる。

 『火蛾』のデビューから24年、古泉迦十まさかの新作。『火蛾』の舞台は十二世紀の中東であったが、本作の舞台は唐の大歴年間(766-779)。安禄山にはじまった兵火がようやく鎮まったころである。タイトルの崑崙奴であり、さらに主人公裴景を事件に引きずり込む魔勒は、六芸に通じ雑学にまで知見が及び、書も手練れ。年齢は不明で容姿はいまだ童子のよう。裴景は魔勒を見るたび、六朝(りくちょう)時代の神仙譚(しんせんたん)を思い出すという。
 まずは名前と用語を覚えるのに一苦労。特に名前の方は人によって呼び方も変わるし、大変。上にこれでもかと書いたのは、後で読み返すときに思い出せるようにとのメモ書きである。ただ、これでも全然足りない。さらに圧倒的な蘊蓄が押し寄せてくる。唐の文化や政治、都市長安道教、さらに周辺国の言葉や文化なども流れ込んでくるので、こちらも覚えるのが大変。ただ前作と違うところは、これだけの情報量が押し寄せてきても読み易いところだ。ワトソン役ともいえる裴景の察しの悪さのため、周囲の人物や地の文で都度説明してくれているのが非常に助かる(笑)。というのは半分冗談として、文章がこなれている点も大きいが、やはり捜査や活劇など、物語に動きがある点がその理由だろう。そして奇怪な連続殺人事件と事件関係者の不気味さ。中国伝奇ムードを漂わせつつ、エンターテイメントとしての面白さを携えながら、波乱万丈な展開を経ていくうちに気付いたら真っ当な本格ミステリになっているところは凄い。とはいえ、この謎解きの全てを読者に推理させるのは無理だろう(苦笑)。
 読み切るのは大変だが、それだけの価値がある一冊。2025年ベストを沸かすこと間違いなしの傑作が早くも登場した。