平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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阿津川辰海『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)

「あの、私も妹も、交通課から来ました」。その一言を聞いて、永嶺スバルは絶句した。違法捜査も厭わない“猟犬”と呼ばれた捜査一課での職務を失い、新しい課に配属された初日。やってきたのは、仲良し姉妹、田舎の駐在所から来た好々爺、机の下に隠れて怯える女性、民間人を誤認逮捕しかけても悪びれない金髪男だった。着任早々、チームに異様な死体の事件の報告が入る。全身の血液が沸騰した死体と、炭化するほど燃やされた死体。ただ一人の理解者であった相棒を失い、心の傷が癒えぬスバルは、捜査経験がほぼない「警視庁公安部第五課 コトダマ犯罪調査課」のメンバーで捜査を開始する。メンバーの共通点はただ一つ。ある能力を保持していることだった――。
「すべての始まり」から、犯人の嘘は仕込まれている。6作品連続「このミステリーがすごい!」ランクイン &「本格ミステリ大賞(評論部門)」受賞作家最新作。阿津川マジックが炸裂する、最高峰の謎解き×警察ミステリ!!(帯より引用)
 『小説 野性時代』2023年7月号~2024年3月号連載(12月号は休載)。加筆修正のうえ、2024年7月、刊行。

 阿津川辰海がまさかの警察小説を書いたのだが、登場人物のほとんどが特殊な能力を持っている、という時点ですでにらしさがプンプンと漂う。まあ、特殊能力を持つ刑事や犯人なんて珍しくもなんともないのだが、この特殊能力の設定が阿津川らしさ。
 二年前のある日、隕石がユーラシア大陸の某所に落下し、この世に百人の能力者──「コトダマ遣い」が誕生した。百人のコトダマ遣いはそれぞれ一つのコトダマを授かっている。そしてあるセンセーショナルな事件がきっかけとなり、コトダマ文書(S文書)の存在が明らかになった。誰がコトダマに選ばれるかは、誰にも予測することができない。そして一つのコトダマを持つ人間は、地球上に必ず一人。コトダマ遣いはそのコトダマを死ぬまで保持できるが、死ぬと別の誰かに引き継がれる。ただし、誰に引き継がれるかは全く分からない。そしてコトダマは全部で百。「燃やす」「凍らせる」「知る」「動かす」「押す」などだ。
 コトダマ遣いによる犯罪に対応するため、世界に先駆け設置されたのが「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」(Spirits of WOrds Research Dvision 略してSWORD(ソード))である。立ち上げたのは、カリスマ女史の課長、三笠葵(コトダマは「読む」、以下同)。班長は捜査一課刑事だった永峯スバル(「入れ替える」)。調査員は大学を中退したばかりの桐山アキラ(「硬くなる」)、田舎の駐在所から異動した初老の坂東宏夢(「放つ」)、交通部交通総務課から異動した双子の姉妹・小鳥遊沙雪(「伝える」)と御幸(「吹く」)、東都大学生で二か月前に能力を発現したばかりの望月知花。そして警視庁が擁したコトダマ研究所の研究員で、外部嘱託員となる森嶋航大。以上がメンバーである。
 調査課のメンバーは別だが、だれがどんなコトダマを持っているのかはわからない。さらにどのような条件で発動し、どれぐらいの能力があるかも、わからない。コトダマ遣いによる事件のように思われても、どのコトダマを扱えるかも調べなければならない。そのことが、捜査を複雑にする。
 色々と条件設定はあるものの、事件の捜査が進むうちにほぼ頭に入ってくるので、特に悩む必要はない。むしろ、これだけの設定をよくぞ考えたものであるし、わかりやすい説明がストーリーに織りこまれているのが巧みである。
 捜査中の刑事同士の反発、犯人と対峙するアクション、劇場犯罪のような犯行予告とタイムリミット・サスペンス、超能力を持った刑事と犯人のバトルと、警察小説の王道な展開が続くも、或る不自然な行動から一気に犯人まで辿り着くクイーンばりのロジックは見応えあり。このロジックを警察小説に融合させたのには、恐れ入りました。ただ、「怒涛のドンデン返し」は伏線がちょっと露骨だったかな。
 活躍が少ないメンバーもいるし、明かされない過去を抱えているメンバーもいる。当然シリーズ化するのだろうが、この作者のことだからまたひねくれたことをするのかもしれない。いずれにせよ、次作が楽しみなシリーズがまた一つ誕生した。今年のミステリベスト10には間違いなく入るだろう。本格ミステリベストだったら、『地雷グリコ』の対抗馬になるかもしれない。