平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大神晃『天狗屋敷の殺人』(新潮文庫nex)

 ヤンデレな恋人・(みどり)に、婚約者として無理やり連れていかれた彼女の実家は、山奥に立つ霊是(りょうぜ)一族の“天狗屋敷”だった。失踪した当主の遺言状開封、莫大な山林を巡る遺産争い、棺から忽然と消えた遺体。奇怪な難事件を次々と解き明かすのは、あやしい「なんでも屋」さん⁉ 「いつかまた会えたらいいね」ーー夏が来るたび思い出す、あの陰惨な事件と、彼女の涙を。横溝正史へのオマージュに満ちた、ミステリの怪作。(粗筋紹介より引用)
 2023年、第10回新潮ミステリー大賞最終候補。応募時のタイトル『天狗屋敷の怪事件』。改題・改稿のうえ、2024年5月、刊行。

 第10回新潮ミステリー大賞最終候補作。この年の大賞受賞作はなしである。選考委員は貴志祐介道尾秀介湊かなえの3名。選考結果は読んでいないが、帯は道尾秀介の「お墨付き」とあるので、道尾が強く推したのではないかと思われる。
 帯に「新潮ミステリー大賞の隠し玉」とまで書かれると、とんでもなく大当たりか、とんでもなく大外れのどちらかではないかと期待させる。しかも横溝正史へのオマージュに満ちた、とまで堂々と書いてきているのだから、期待は大きく膨らんだ。まあ、読み終わってみると微妙だったが。
 浜松市天竜区にある広大な山林を所有する霊是家。七年前に失踪した当主春秋(はるあき)の死亡宣告を受け、遺言状が開かれることとなった。なんでも屋のアルバイトでイケメンな古賀鳴海は、春秋の孫でヤンデレな恋人である平澤翠に無理矢理連れられ、さらに強引に付いてきたなんでも屋店主桧山忍とともに、天狗屋敷へ向かった。
 舞台こそ平成21年であるが、横溝正史のオマージュと思われるシーンが次々と出てくる。ただ、横溝らしいおどろおどろしさは感じられない。すでに没落している一族ということもあるのか、枯れた雰囲気の方が強い。それ以上に問題なのは、人物が物量的にも全然描けていないこと。語り手の古賀鳴海はイケメン以外の特徴が全然出てこないし、ヤンデレな恋人を持て余している割に中途半端。名探偵役の桧山忍にいたっては、前半の胡散臭さ、いい加減さに比べて、後半の謎解きが全く別人だし、切り替えが唐突過ぎる。さらにブローカーの樽峰の胡散臭さはテンプレ過ぎてつまらない。それだけならまだ我慢できるのだが、問題は肝心の一族の描かれ方。女性陣が全然喋らないというのはどういうことなの。春秋の妻である千歳や、娘である平澤永美なんかは、もっと口出しするべきだろう。長男の一高だけが財産をほとんどもらえないと言って騒いでいるだけ。横溝の世界をオマージュするのなら、もっとドロドロした人物関係を描くべきだった。
 謎やトリックの方だが、二番目の事件のロジックはかなり考えられたもの。ここで少しは持ち直すかと思ったら、三番目の事件の物理トリックが何回読んでも頭に入ってこない。イラストの類が全くないことから文章で説明しているのだが、折角の見せ場なのだからもう少しわかりやすく書いてほしい。いや、これは単に私の理解力不足なだけかもしれないが。
 平成に横溝らしさを復活させようとした努力は買うけれど、残念ながらまだまだ力不足。ページ数をもっと使えれば、もう少し違ったものになったかもしれない。一応次作も考えているようなので、頑張ってほしい。