平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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紫金陳『検察官の遺言』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 地下鉄の駅で爆弾騒ぎを起こした男のスーツケースから元検察官・江陽(ジアン・ヤン)の遺体が発見された。男は著名な弁護士・張超(ジャン・チャオ)で、自分の教え子だった江陽の殺害を自供する。だが初公判で、張超は突然自供を覆し、捜査は振り出しに。警察は再捜査を進める中で、死んだ江陽が12年前の溺死事件を追っていたことを知る。それは、社会を覆う巨悪と、信念を貫く検察官との壮絶な戦いの記録だった……。社会派ミステリの傑作。(粗筋紹介より引用)
 2017年、発表。2024年1月、邦訳刊行。

 本作に登場する元捜査官の大学教授、厳良(イエン・リアン)を主人公とした〈推理之王〉シリーズ三部作の第三作目。ただ、シリーズと言ってもとくに趣向があるわけではない。
 前作『悪童たち』が面白かったので、本作を手に取ってみた。本作も厳良は所々でアドバイスするだけで、活躍はほとんどない。
 出だしこそ著名弁護士の行動の謎を追いかけるのだが、やがて物語は12年前の溺死事件に端を発した権力者の悪に立ち向かい、そして辛酸を嘗める検察官・江陽とその仲間たちの苦闘に移り変わる。弁護士の行動にしても、江陽たちが立ち向かう巨悪についても、それほど複雑な謎があるわけではない。その代わり、人間ドラマが素晴らしい。どれだけ虐げられても、証拠を消されても、理不尽な権力の壁にさえぎられても、罠にはめられても、濡れ衣を着せられても、江陽や刑事の朱偉(ジュー・ウェイ)
たちは悪に立ち向かっていく。ボロボロになりながらも戦い続ける彼らの姿は、物語がこう進むだろうと予想できても涙が出てくる。
 腐敗した社会権力に最後まで立ち向かう社会派ミステリ。最後の謎解きは、解説を読んで初めて驚いた。この作品が書かれた中国ならわかりきったことなのかもしれないが、日本人がここまで当時の社会情勢を覚えているかどうかは疑問。なので、解説は読み終わってから見ること。
 作者は「中国の東野圭吾」と称されているとのこと。社会のタブーに立ち向かう正義と、スピーディーな物語の面白さに振り切り、そこに謎と社会の毒を数滴垂らすエンタメ性は、確かに東野圭吾を彷彿させるものがある。あざとさが見え隠れしても、目を離せないところも。
 ここまできたら、まだ邦訳されていない第1作目も読んでみたい。是非とも邦訳をお願いする。