平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ピーター・ラヴゼイ『マダム・タッソーがお待ちかね』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 1888年3月、ロンドンの高級写真館で助手をつとめる男が毒殺された。警察の入念な捜査の結果、彼に恐喝されていた館主の妻が逮補される。彼女は公判を前に自らの罪を告白し、判決は絞首刑と決したが――三カ月後、内務大臣の許へ届いた一枚の写真がすべてをくつがえした。そこには彼女の犯行を不可能たらしめる重要な鍵が写っていたのだ! 彼女は無実なのか? ではなぜ自白を? 死刑は12日後に迫っている。警視総監の命をうけたクリップ部長刑事は極秘の捜査を開始するが……英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー受賞に輝く本格推理傑作。(粗筋紹介より引用)
 1978年、発表。1983年4月、邦訳単行本刊行。1986年7月、文庫化。

 

 デビュー作から続くクリップ部長刑事シリーズ。これがシリーズ最後の作品かな。タイトルのマダム・タッソーは、イギリスの蝋人形彫刻家が建てた「マダム・タッソー館」のこと。女性死刑囚の蝋人形が飾られており、本事件の死刑囚であるミリアムも蝋人形になる運命が待ち構えていた。原題は"WAXWORK"(蝋人形)。邦訳のタイトルのほうが洒落ている。
 死刑が絡んだタイムリミットサスペンスに、ヴィクトリア朝時代を背景とした本格ミステリ要素も加えた作品。道具立てだけ考えれば派手になってもおかしくないのに、地味な捜査が続くところがなんとも。それでも時代背景を考えた描写は読んでいて楽しいし、当時の時代が浮かび上がる筆致もお見事。写真師という職業の当時の立ち位置が興味深かった。絞首刑が当時の民衆の娯楽の一つであったことは知っていたが、マダム・タッソー館との関連性は初めて知り、面白かった。
 ことを穏便に済ませるための隠密捜査という点は地味であるし、登場人物が少ないこともあって意外性という点では今一つではあるものの、当時の時代背景を隠し味に使っているところはお見事。最後の描写がいいんだよな。時代ミステリとしての面白さを十分に堪能することができた。さすが、作者の代表作だけはある。