平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

楠谷佑『案山子の村の殺人』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 ミステリ作家楠谷佑の執筆担当宇月理久とプロット担当篠倉真船は二月頭、理久と同じ大学の友人である秀島旅路の帰省に同行し、秩父市の山奥にある旧宵町村の温泉旅館宵町荘へ四泊五日の旅行に出かけた。宵町村は温泉と案山子が有名で、村の職人たちが作った案山子があちらこちらに立てられていた。山の上にある名所の宵町神社で昨年、神社の見晴らし台から大学生の男性旅行客が転落死する事故があった。そして立てられていた喪服を着た案山子が、下の空き地から無くなっていた。宵町村では10日前に銀色の毒矢が刺さった烏が捨てられ、5日前にはボウガンで村人の家の案山子に銀の毒矢が撃ち込まれていた。さらに夜、宵町荘案内の看板に矢が刺さっているのを理久たちは発見する。次の日、秩父出身の人気シンガーソングライター、丹羽星明が宵町荘へお忍びで宿泊に来た。理久たちは一緒に食事をして盛り上がる。その翌日の朝、雪掻きを手伝いに宵町神社へ行った理久たちは、空き地で至近距離から銀色の毒矢で撃たれた男性の死体を発見する。雪景色には、男性の足跡しかなかった。
 2023年11月、書下ろし刊行。

 〈家政夫くんは名探偵!〉シリーズ(マイナビ出版ファン文庫)で人気の作者による新シリーズ。主人公は同じ家に住む従兄弟の大学生合作作家コンビ。二人のペンネームが作者と同じ名前ということで何かあるかと一瞬身構えたが、特に何もなかった。それだったら同じ名前にしなくてもよかったのにと思う。
 田舎の温泉町で起きる雪の密室殺人。さらに続けて起きる殺人。二度にわたる読者への挑戦状。ここまで直球の本格ミステリも久しぶり。150ページ近く経ってから起きる殺人事件に少々もどかしさを感じるが、逆にそれは丁寧に舞台と人物関係を書いてきた証拠であり、好感が持てる。それに会話のテンポがよいので、飽きが来ることはない。二度の挑戦状も、ただ勘違いして自信満々に出すわけではなく、ちゃんと理由付けがあるところも巧い。
 雪の密室のトリックそのものは機械的でさして面白くはないが、フーダニットの部分は論理的で丁寧な推理がなされていて楽しめる。ただ、動機がなあ……。殺人の動機に何かを求めちゃいけないのだろうけれど、色々な意味でこれはないよ、とは言いたくなる。もちろん丁寧なぐらいに伏線は貼られていたけれどね。
 動機の部分だけを除けば、とても面白かった。経験値を積んできた若手がド直球の本格ミステリに挑んだ、という意味では非常に好感が持てる。気が早いけれど、来年の本格ミステリベスト10には間違いなく入るだろう。シリーズで買う作家がまた一人増えました。