平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

佐々木譲『制服捜査』(新潮文庫)

 札幌の刑事だった川久保篤は、道警不祥事を受けた大異動により、志茂別駐在所に単身赴任してきた。十勝平野に所在する農村。ここでは重大犯罪など起きない、はずだった。だが、町の荒廃を宿す幾つかの事案に関わり、それが偽りであることを実感する。やがて、川久保は、十三年前、夏祭の夜に起きた少女失踪事件に、足を踏み入れてゆく――。警察小説に新たな地平を拓いた連作集。(粗筋紹介より引用)
 『小説新潮』掲載。2006年3月、単行本刊行。2009年1月、文庫化。

 川久保篤巡査部長が志茂別駐在所に赴任して四日目。町の有力者に勧められて酒を飲んでしまったときに、墓地で騒いでいるという通報があったものの、対応できなかった。そして翌日、母子家庭の母親から、高校三年生の息子が帰ってこないと相談があった。その息子は、街の不良の使いっ走りになっていた。「逸脱」。
 酪農家の大西から、飼い犬の大型犬が散弾銃で射殺されたと通報があった。調べていくうちに大西は、中国人研修生を酷使していた酪農家の篠崎とトラブルになっていた。そしてある日、篠崎が殺され、車と金庫が無くなっており、研修生三人が行方不明になっていた。「遺恨」。
 カツアゲされていた子を救ったのは、旭川から派遣されてきた前科者の大工、大城だった。一方、カツアゲされていた浩也は、ネグレクトにあっていた。「割れガラス」。
 志茂別町で空き家や倉庫などの連続放火事件が発生。最近展望公園にいる旅行者の中に浮浪者が混じっているという。一方、被害にあった人々は、町村合併の推進者であった。「感知器」。
 十三年前、近くの別荘に来ていた七歳の女の子が仮装盆踊り大会で行方不明になった。他の暴力事件もあって中止していた仮装盆踊り大会が今年復活する。胸騒ぎがしていたのは川久保ばかりでなく、当時の巡査で既に定年になった竹内も町にやってきた。さらに行方不明になった女の子の母親まで。「仮装祭」。

 北海道警察を揺るがした2002年の稲葉事件の影響で、一つの職場に7年在籍したものは無条件に異動、一つの地方の10年居たら別の地方に異動することになった北海道警察。主人公である川久保篤もその一人で、札幌豊平署刑事課強行班から北海道警察本部釧路方面、広尾警察署志茂別町駐在所に単身赴任でやってきた。小さな町で、犯罪発生率は管内一の低さである穏やかな町。しかしそれは表面的な姿でしかなかった。
 稲葉事件や裏金問題で北海道警察の黒い部分が表面に出てきたが、佐々木譲はそんな北海道警察を舞台にした作品を複数書いているが、本短編集もその一つ。一人が同じポジションで働き続けることは、経験に裏打ちされた仕事の手際良さにつながるが、一方で汚職と腐敗を招く原因ともなる。一つの膿は周りに広がり、大きな傷となっていく。
 北海道警察はどういう結果になろうと無理矢理の改革を断行したが、そのひずみは大きい。その犠牲者の一人が、川久保であった。そして、地方の町も人間関係や仕組みが硬直化している。川久保の存在は波が全くない池に小さな石を落とした程度であったかもしれないが、その波紋は少しずつ広がっていき、底に沈んでいた泥は透き通っていたはずの水面を濁していく。この連作短編集は、そんな澱みを無理矢理隠している現状を表した一冊である。
 駐在警官は、捜査に携わることはできない。元刑事課である川久保がおかしいと思ったことでも、反論することすらできない。さらに他の捜査員も今までとは畑地外の部署に就いた者たちばかり。北海道警察の迷走ぶりに、川久保は一人で戦う。そして町の澱みにも一人で戦う。制服捜査というタイトルは見事としか言いようがない。さらに川久保の捜査によって浮かび上がる意外な事件の真相。そして川久保が考える正義。たった一人の戦いなれど、これは警察小説の傑作である。
 ようやく手に取って読むことができたが、もっと早く読むべきだった。これほどの傑作をなぜ放置していたのだろう、自分は。川久保が再登場する長編『暴雪圏』もすぐに読みたい。