平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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葉真中顕『凍てつく太陽』(幻冬舎)

 昭和二十年――終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密「カンナカムイ」をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は、「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わることになるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されてゆく。陰謀渦巻く北の大地で、八尋は特高刑事としての「己の使命」を全うできるのか――。民族とは何か、国家とは何か、人間とは何か。魂に突き刺さる、骨太のエンターテイメント!(帯より引用)

 『小説幻冬』Vol.1~16連載。加筆修正のうえ、2018年8月、単行本刊行。

 

 舞台は終戦直前の北海道。主人公はアイヌ出身で北海道庁警察部の特別高等課内鮮係に配属されている特高刑事、日崎八尋巡査。その名の通り、内地にいる朝鮮人の監視と取り締まりを行っている。序章では室蘭市の軍需工場で、朝鮮半島出身を集めた伊藤組に人夫として潜入し、以前飯場から抜け出して捕まり、拷問にも口を割らないまま死んだ朝鮮人人夫の逃亡ルートを探る。
 序章から本筋である軍需工場関係者の連続毒殺事件への繋がりが実に巧い。陸軍の軍事機密「カンナカムイ」とは何か、そして連続毒殺犯「スルク」とは誰かという点についても引っ張り方が巧い。さらに事件の謎だけではなく、特高という存在、アイヌや朝鮮といった民族、軍部や戦争、そして大日本帝国という存在など様々な問題をエンターテイメントの中に織り込ませる技術が非常に巧い。巧いだけではなく、面白い。スリリングな展開に、よくぞこれだけの内容を盛り込めたものだと感心した。
 軍需工場から逃亡しようとして八尋に捕まる朝鮮半島出身の宮田こと呂永春。元警察練習所の教官であった室蘭署刑事課の主任刑事である能代慎平警部補。八尋のことを土人と呼んで差別する、拷問王の異名を持つ三影美智雄警部補。八尋だけではなく、主要登場人物の背景もしっかりと書き込み、それが隅々まで伏線につながっているところも見事である。
 網走刑務所から白鳥由栄が脱獄した事件、アメリカの原子爆弾開発などのエピソードなども盛り込み、アイヌ民族朝鮮民族に対する差別の歴史も加え、骨太かつ壮大な物語が完成した。最後の連続殺人事件の謎解きと、その後のスリリングな展開も見逃せない。
 ここまで凄い作品だとは思わなかった。一気読み確実の傑作だった。