平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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渡辺優『私雨邸の殺人に関する各人の視点』(双葉社)

 雨目石鋼機株式会社の名誉会長である雨目石昭吉が約10年前に別荘として購入した、昭和初期に建てられた古い洋館の私雨(わたくしあめ)(てい)。足が悪くて車椅子の昭吉のために改装はされているが、歴史ある佇まいはそのまま。ただ60年前には持ち主の実業家が愛人に殺されたという。6月22日の午後、私雨邸にやってきたのは昭吉と、孫で小学五年生のサクラ、孫でサクラの異母兄となる29歳の無職金髪の梗介、孫でサクラたちの従姉妹になる25歳の杏花、会長補佐で52歳の男性会社員石塚。招待されたのは、昭吉とSNSで知り合った、T大学ミステリ同好会会員である18歳の二ノ宮、そして会長である21歳の一条の男性コンビ。私雨邸で料理と家事を担当するのは、日雇いで44歳の女性恋田。山中をトレッキングしているときに足をねんざして、助けを求めた30歳の男性会社員、水野。私雨邸を撮影しているときに水野と遭遇した、地元の女性雑誌編集者牧。水野と牧も誘われた晩餐会が開かれた。会の終わりごろ、自殺に失敗して道に迷った田中という男性が私雨邸に助けを求める。雨による土砂災害で、道路のトンネルがふさがってしまい、全員が宿泊することとなる。次の日の夜、夕食の終わりごろ、部屋で休んでいた昭吉がナイフで刺されて死んでいるのを、サクラが発見した。
 クローズドサークルと密室殺人に大喜びの二ノ宮、実は杏花の高校の同級生だが口に出せない牧、30歳になると昭吉からの援助が打ち切られる梗介の視点で物語は進む。
 『小説推理』2021年12月号~2022年6月号連載。加筆訂正のうえ、2023年4月、単行本刊行。

 作者は2015年に「ラメルノエリキサ」で第28回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。複数の著書がある。クローズドサークルの密室殺人、さらに連続殺人が起きるのに、事件を解決するはずの名探偵がいない、という帯に惹かれて購入。
 特に最初の事件は、誰にも犯行が行えず、動機らしい動機も見当たらない。物語は二宮、牧、梗介の視点で進むのだが、警察も名探偵もいないので、各自が得た情報が集約することはなく、全てを知っているのは読者だけという状態なのである。そして神の視点Xから、「ここまでの視点で犯人は特定可能である」と投げつけられる。
 本格ミステリファンなら、クローズドサークルの連続殺人事件に興味津々だろう。作中でも二宮は、人が死んだことより自分が憧れの設定の登場人物になっていることで大はしゃぎしており、読んでいて腹立たしい(笑)。こんなのが居たら遺族から殴られてもおかしくはない、と言いたくなるぐらいの浮かれ様である。さすがに本格ミステリファンでも、実際の事件でこんな態度をとるような人物はいないと思いたい(笑)。
 それはともかく、3人の視点が速い展開で入れ替わってスピーディーに物語が進むのだが、視点が重なる部分と重ならない部分がある。これでどうやって結末まで持っていくのだろうと思っていたのだが、結局各人が推理を披露するだけなのは今一つで、なにか工夫がほしかったところ。推理の披露部分でようやくすべての証拠が明らかにされ、最後にある人物が謎解きをする。本来なら、証拠が出てくる→ワトソン役が短絡的な発想で推理を披露し、名探偵にたしなめられる→証拠がすべて明らかになる→名探偵が正しい推理を披露する、という展開がちょいとずれているというわけである。これを新しいとみるかどうか。密室トリックが現実的だったのにはホッとしたが。
 読み終わってみると、ちょいと変な気分にはなったな。これが新感覚なんだろうか(苦笑)。クローズドサークルで、最後に変な人間ドラマを見せられた。それが面白いとは思えなかったが、これは好みかもしれない。