平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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市川哲也『名探偵の証明』(東京創元社)

名探偵の証明

名探偵の証明

そのめざましい活躍から、1980年代には「新本格ブーム」までを招来した名探偵・屋敷啓次郎。行く先々で事件に遭遇するものの、ほぼ10割の解決率を誇っていた。しかし時は過ぎて現代、かつてのヒーローは老い、ひっそりと暮らす屋敷のもとを元相棒が訪ねてくる――。資産家一家に届いた脅迫状の謎をめぐり、アイドル探偵として今をときめく蜜柑花子と対決しようとの誘いだった。人里離れた別荘で巻き起こる密室殺人、さらにその後の屋敷の姿を迫真の筆致で描いた本格長編。選考委員絶賛の本格ミステリの新たなる旗手、堂々デビュー。(粗筋紹介より引用)

2013年、第23回鮎川哲也賞受賞作。同年10月刊行。



久しぶりに鮎川賞を手に取ってみた。アイドル探偵に興味を持ったこともあるが(苦笑)、年老いた名探偵というテーマに真っ正面に取り組んだ作品も今時珍しいと思ったからだ。

主人公の屋敷啓次郎は既に60歳を超え、体力も推理力も衰えていた。元秘書で妻の美紀とは別居中。相棒だった刑事の武富竜人も退職。仕事は断り続け、金にも困っている状況だったが、かつてのファンは今でも仕事を依頼してくる。そして現代の名探偵、蜜柑花子との遭遇。

結局この作品、名探偵の矜持と宿命を描いた作品であり、本格ミステリとは異なるものであった。蜜柑花子が屋敷に憧れていた、ということもあり、推理合戦が生じないのは非常に残念であるし、そもそも二つの密室殺人事件が陳腐だったのはもっと残念だった。

鍵にテープの目張りという完全密室殺人事件は起きるが、よくあるパターンのトリック……というか、あのトリックを検討するのならこのトリックの可否を検討するだろうと言えるぐらい使い古された有名なトリックでしかなく、衰えを示すにも程があるだろうといいたくなる。その後のエレベータ密室殺人については、警察でも最初に検討しそうな内容だ。

最初の事件の真相は、名探偵に関わる悲劇といったようなもので、ある意味現代的なテーマと組み合わさって興味深いものだったが、それを除くと名探偵の悲劇というテーマが今一つだった。それは、屋敷啓次郎が結婚していること。かつての秘書だった妻・美紀の存在も、辞める理由の一つになっている。しかし、神のごとき名探偵で、結婚している者はいったい何人居ただろうか。ホームズもポワロもクイーンも金田一も独身なのである。例え重傷を負おうが、バブルではじけようが、名探偵はプライベートを捨てて事件に向かって突き進まなければいけない。そんな原則を忘れた名探偵など、所詮エセ名探偵なのである(おいおい)。いや、まあ、名探偵も人間なんだと言われればそれまでなんだが。

屋敷の活躍で新本格ブームが始まったなどの部分や、蜜柑花子のスレッドなんかは笑わせてもらった。現実とのリンクという点は上手く扱っていると思う。問題は、この人に本格ミステリが書けるのだろうか、ということである。ある意味、一発ネタを処女作に持ってきてしまったのだから、次作が難しそう。?