平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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トマス・H. クック『夏草の記憶』(文春文庫)

 名医として町の尊敬を集めるベンだが、今まで暗い記憶を胸に秘めてきた。それは30年前に起こったある痛ましい事件に関することだ。犠牲者となった美しい少女ケリーをもっとも身近に見てきたベンが、ほろ苦い初恋の回想と共にたどりついた事件の真相は、誰もが予想しえないものだった! ミステリの枠を超えて迫る犯罪小説の傑作。(粗筋紹介より引用)
 1995年、アメリカで刊行。クック名義の第12長編。記憶三部作第二作。1999年9月、邦訳刊行。

 医師のベン・ウェイドが、30年前に起った事件を回想する。それは、初恋の人であるケリー・トロイに係わる痛ましい事件。親友のルーク・デュシャンや妻のノーリーン・ドノヴァンなどの会話と当時の回想が交わり合いながら、事件の真相が明らかになっていく。
 『死の記憶』に続く記憶三部作第二作。過去の事件の回想から、事件の真実が明らかになっていくところは前作と変わらないが、内容は大幅に変わる。
 落ち着いた口調で語られていることが、かえって青春時代の傷が癒えないままになっているところはうまいとしか言いようがない。その傷が、落ち着いた日々を過ごしているのに影を落としたままになっているというのは、不幸としか言いようがない。そんな虚しさがと切なさが、少しずつ読者に染みてくる。
 まだ当時の南部の黒人差別はひどかったのだろうな、とも思わせる作品。それに、田舎の警察があまり動いていなかったのだろうとも思わせる。
 それにしてもこの読者の前に明らかになる結末、驚くというよりも悲しくなってしまった。このやりきれない思い、どこへ向かっていくのだろう。
 ミステリというよりも純文学に近い味わいがある。光が無くなっても、影は残ったままであった。