平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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西澤保彦『悪魔を憐れむ』(幻冬舎)

悪魔を憐れむ

悪魔を憐れむ

匠千暁シリーズ最新作となる中短編集。『PONTOON』掲載の「無間呪縛」「悪魔を憐れむ」「意匠の切断」に、書き下ろし「死は天秤にかけられて」の4作を収録。

2016年11月、単行本刊行。



安槻署の平塚総一郎刑事の依頼で、平塚の実家の母屋に泊まり、母屋で起きる心霊現象の謎を解くこととなった匠千暁(タック)と羽迫由起子(ウサコ)。その母屋では23年前、主人の隠し子とされる女児が殺害され、その母親が自殺したという悲しい事件があった。以後、亡くなった主人も、その妻も母屋の取り壊しに反対し続けていた。ウサコと平塚刑事の出会いを描く「無間呪縛」。

大学OBである居酒屋「篠」の主人・篠塚佳男から、11年前に家庭教師をしていた孫が自殺した小岩井教授が、同じ12月21日の午前11時に、取り壊される一般教育棟の五階で自殺するかもしれないので見張って欲しいと頼まれたタック。暇だったタックは言われたとおり見張っていたが、いつの間にか教授は教育棟に入り、飛び降り自殺をした。いったい教授はどうやってタックの目を盗み、教育棟に入ったのか。「悪魔を憐れむ」。

正月休みで安槻市に帰ってきた高瀬千帆(タカチ)とタックの前に現れた安槻署の佐伯刑事。恋人同士の男2人女1人がアパートの部屋で殺害され、男女1人ずつの首と手首だけがゴミ集積所に捨てられたバラバラ殺人事件の謎をタカチとタックが解く。「意匠の切断」。

ようやく丘陽女子学園に就職が決まった辺見祐輔(ボアン)と久しぶりに酒を飲むタック。その飲み屋で偶然見かけた男性・梅景は、1月にタカチが安槻市に帰ってきた夜、待っていたホテルのロビーで見かけた男性だった。梅景は午後6時にエレベータで九階へ行き、午後9時に降りてきてホテルを出て行った。午前0時、ホテルに戻ってきた梅景は九階ではなく七階で降りた。十二階の部屋に行ったタックとタカチの部屋の近くで、女性が転んで顔面を強打したと従業員と話をしていた。そして梅景は飲み屋で電話の相手に勝手に転んでおいて、と話をしていた。梅景は十二階に居たのだろうか。そしてこの行動の意味は。「死は天秤にかけられて」。



『身代わり』以来7年ぶりとなる匠千暁シリーズ最新作。今回は年月が初めて書かれており、「無間呪縛」は1993年8月。タック、タカチ、ウサコは卒業し、タックがフリーター、タカチはタックのアドバイスにより東京に就職、ウサコが大学院へ進学している。ボアンは未だ学生でさすがに焦り、卒業へ向けてまっしぐらという状態のため、今回はほとんど登場せず。ウサコと平塚刑事が出会って一目惚れしてしまった、という話だが、事件を覆う動機がどことなく『依存』の別バージョンという気がして興味深い。タックとウサコの二人だが、タカチからの手紙に書かれた謎を解く話を交え、お互いに色々意見を出し合いながら事件の真相にたどり着くというパターンは変わらず。

「悪魔を憐れむ」は1993年12月。ウサコと平塚刑事が婚約して籍を入れ、という状況のため、タック一人が事件に向き合っている。本作品中でも特に力が入った中編だが、"悪魔"を"憐れむ"というタイトルが何とも絶妙。誰が悪魔かは読めばわかるのでここでは記さないが、自殺に至るまでの悪意、踊らされる人々も含め、心理サスペンスとして読み応えがある一編である。時々憂鬱になるぐらいダークな部分を描く西澤らしい作品。

「意匠の切断」は1994年1月。佐伯刑事がタックとタカチに未解決の事件を話して真相を推理してもらう話。いつの間にか安槻署の面々から絶大な信頼を受けているというタックの状況がちょっと笑える。本作ではどちらかと言えばタカチの方がより早く真相にたどり着いていたようだが、タックとタカチの関係が互いにわかり合って信頼し合っている状況が描かれていて、何となく安心する。ただ、バラバラ殺人事件の真相はかなり突飛なものであり、ちょっと許容し難いものではあったが。それにしても、久しぶりに会う恋人同士が酒を飲み続けるというのは、彼ららしいとはいえ、ちょっと突っ込みたくなった。

「死は天秤にかけられて」は1994年8月。タックとボアンが居酒屋で飲みながら事件の真相を探すという、ある意味今までのスタンダードな作品。珍しくボアンの方が最初に仮説を立てて真相を探っている。それにしてもボアン、この話の続きとなる「夜空の向こう側」(『黒の貴婦人』収録)の段階でも、ウサコが結婚していることを知らなかったんかーいと突っ込みたい。



今まで構想していたであろう卒業編、ウサコ結婚編、ボアン就職編を一気に書いてしまった感がある。卒業編、特にタカチの葛藤とタックの説得(ついでにボアンが置いてけぼりを食らって裏切り者と叫びそうな場面など)は長編で詳細を読んでみたかった気もするが、もう書かないような気がする。できれば4回生の4人も読んでみたかったのだが。

そんな卒業後と言うこともあり、4人全員がそろった話のなかったことが残念。なんだかんだ言ってもこのシリーズは、仲のよい4人が酒を飲んで旨いものを食べて(ここが最も重要)ワイワイやる姿が一番楽しいのだ。だからこそ、ウサコ結婚で4人がそろう姿を見たかった気がする。

勝手な想像だけど、あとはタックとタカチの結婚?編の1冊でこのシリーズが終わると思っている。タックが就職できるのか、タカチに養ってもらうのかは知らないが、フリーターではないタックを見てみたい。もしかして、小説でも書いていたりして。