平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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櫻田智也『蟬かえる』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

蝉かえる (ミステリ・フロンティア)

蝉かえる (ミステリ・フロンティア)

  • 作者:櫻田 智也
  • 発売日: 2020/07/13
  • メディア: 単行本
 

 ブラウン神父、亜愛一郎に続く、“とぼけた切れ者”名探偵である、昆虫好きの青年・魞沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた――。十六年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか? 魞沢が意外な真相を語る「蟬かえる」。交差点での交通事故と団地で起きた負傷事件のつながりを解き明かす、第七十三回日本推理作家協会賞候補作「コマチグモ」など五編を収録。注目の若手実力派・ミステリーズ!新人賞作家が贈る、絶賛を浴びた『サーチライトと誘蛾灯』に続く連作集第二弾。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』掲載作品2編と、書き下ろし3編を加え、2020年7月刊行。

 

 山形市の西溜村で糸瓜京介は、市で開かれていた学会で知り合った非常勤講師の鶴宮と魞沢に出会う。糸瓜が二人に話したのは、16年前の震災後のボランティア時、池で行方不明の少女に会った話だった。「蟬かえる」。魞沢の推理がなんとも哀しい。
 団地の一室で母親は頭を打って意識不明。通りかかった別室の女性がうろたえる声を聞き部屋に入ると、中学生の娘が呆然として立っていた。女性が声を掛けると娘は急に部屋を飛び出してゆき、数分後、交差点で車にひかれていた。二つを結ぶ意外な事実は何か。第73回日本推理作家協会賞候補作「コマチグモ」。卵から生まれた子供が、親の体を最初に餌として食べてしまうというコマチグモを事件に投影させた魞沢の推理が哀れというか。それにしても、捜査する側の警察の人たちにも表情が出ているのが素晴らしい。
 奥羽山脈の北部の山麓に広がるクネト湿原にペンションをオープンした丸江は、2年前の事件で知り合った魞沢を招待する。丸江が運転する車のパンクを直してくれたアサルは、同じペンションに予約していた留学生だった。ところが翌日早朝、アサルは食事もせずにペンションを出て行き、クネト湿原で墜落死体となって発見された。「彼方の甲虫」。これは動機が悲しい。思わず涙を流してしまう結末。本作品集のベスト。
 一般向けサイエンス雑誌『アビエ』編集長の斎藤のところに、北海道に住む常連投稿者の中学生、ナニサマバッタから、昆虫を専門とするライター繭玉カイ子がいなくなったと電話連絡があった。カイ子の家で見つかったネガフィルムに写っていた長下部教授はつい最近、出張先で死亡していた。「ホタル計画」。行方不明事件から、意外な事件に発展するのだが、色々な意味で、好きなことを続けるのには犠牲と資本が必要なんだなと思わせる寂しさがある。
 <越境する医師たち>のメンバーとして8年間活動し、6年間いたナイロビから帰国した江口海は、研究用にツェツェバエのさなぎを持ち込んでいた。成田空港の税関で後ろに並んでいたのは、大学の同期で、同じ寮に住んでいた魞沢だった。「サブサハラの蠅」。哀しさを柔らかく包む?沢の推理が心地よい。

 『サーチライトと誘蛾灯』に続く魞沢シリーズ第2弾。昆虫好きの魞沢泉が、今回もひょうひょうとしながら、切れ味鋭い推理を見せる。
 前作ではキャラクターの弱さが弱点となっていたが、本作品集では、魞沢の過去が垣間見えるのが面白い。ようやく魞沢がどういう人物かがわかるようになってきた。やはり探偵が記号になってはいけない。探偵に魅力がないと、物語の面白さが半減する。
 謎の方も、前作に比べて強烈な印象を与えるものが加えている。登場人物も描写が加わり、血が通うようになった。前作に比べ、明らかにレベルが上がっている。それが物語に厚みを与え、面白さを増す結果になっている。
 次が楽しみな作家がまた一人増えた。これで論理展開にお見事と唸る作品をひとつ書いてくれれば、もっと拡がると思うのだが。本格ミステリならベストに入りそう。