平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大石直紀『二十年目の桜疎水』(光文社文庫)

 二十年前、ある事故をきっかけに恋人の雅子と別れた正春。母の危篤の知らせを受け、久しぶりに京都に降り立った正春は、思い出の松ヶ崎疎水を訪れ…。(表題作)おばあちゃんは詐欺師だった。おばあちゃんとの生活はずっと続くと思っていたけれど…。(第69回日本推理作家協会賞短編部門受賞「おばあちゃんといっしょ」)京都の名所が数多く登場する傑作ミステリ短編集。(粗筋紹介より引用)
 2015~2016年、『小説宝石』『宝石 ザ ミステリーRed』『宝石 ザ ミステリー Blue』掲載。2017年3月、『桜疎水』のタイトルで光文社より単行本刊行。2019年9月、改題の上文庫化。

 

 たった一人の家族である詐欺師のおばあちゃんが警察に捕まった。私は児童養護施設に引き取られた。私は就職して施設を出てお金を貯めると、詐欺師になった。竹田美代子は佐原芳雄という45歳のホームレスを秦河勝の子孫の教祖に仕立て、自分は大生部多の巫女と名乗り、京都で「常世教」という新興宗教を立ち上げた。「おばあちゃんといっしょ」。
 転勤で六年ぶりに京都へ戻ってきたさやか。ジョギング中に真如堂で、大学の同期だった秦宏の母親を見かけ、慌てて逃げだした。7年前、幼馴染で恋人の達朗とさやかは秦宏と賀茂川で花火を見ていた。酔っ払いに絡まれた二人を助けに来た秦宏は男に首を絞められて意識を失い、さらにさやかを襲おうとした男を達朗は川へ突き飛ばして殺してしまった。怖くなった二人は、息をしていない秦宏をその場に置き去り、逃げ出してしまった。「お地蔵様に見られてる」。
 二十年前からスウェーデンに住んでいる正春は、母の危篤の知らせを聞いて五年ぶりに故郷の静岡に帰ってきた。母は死ぬ直前、二十年前に当時の恋人の雅子に手紙を出したことを正春に謝った。いったいどんな手紙を出したのか。正春は二十年ぶりに京都へ行き、かつての恋人の雅子に会いに行った。二十年前、雅子が交通事故に逢い、顔や体に大火傷を負ったことが原因で、二人は別れていた。「二十年目の桜疎水」。
 上宮は本業の闇金の傍ら、ひとり暮らしの年寄りへの窃盗詐欺で稼いでいた。介護会社のヘルパーを上宮が尾行し、これはと目を付けた家について、部下の横道慎吾が宅配業者を装って調べるのだ。上宮は何かを迷ったとき結山する材料の一つとして、いつも占いを見ていた。「おみくじ占いにご用心」。
 寺町通にある割烹相原は小さな店だが、古美術関係の客が多いことから、裏情報を仕入れるために津久見は週1回はここを訪れていた。閉店間際、相原のもとに吉田悠矢という若者が九谷焼の花瓶を持ってきた。最低でも五十万はしそうな立派なものだったが、相原は十五万で買い取った。気になった津久見が尋ねてみると、家の倉庫から持ち出したもので、だれも見向きしないから埃をかぶっているという。大手企業の社長であるという父親は仏像専門のコレクターだと聞いて、津久見円空仏のいい出物があると話しかけた。「仏像は二度笑う」。
 ミステリ好きの大学生の沙和は、母の父、すなわち祖父が祖母と年賀状のやり取りをしているという両親の会話を聞いて興味を持った。祖父は母が結婚する前に女性問題で借金まみれになり、洋食屋の店も家も失って離婚していた。祖父の存在を初めて知って驚く沙和だったが、両親も祖母もまだ何か隠していると感じ、祖父が住む京都を訪れることにした。「おじいちゃんを探せ」。

 

 作者は第2回日本ミステリー文学大賞新人賞、第3回小学館文庫小説賞、第26回横溝正史ミステリ大賞テレビ東京賞のそれぞれを受賞したという歴戦の有。逆に言うと、作家になっても今一つで出版社から切られ、また再チャレンジを繰返していたということでもある。その後はTVや映画のノベライズの印象が強かったので、「おばあちゃんといっしょ」で第69回日本推理作家協会賞短編部門を受賞したと知って驚いた記憶がある。
 本短編集は、いずれも京都を舞台にしており、結末のどんでん返しを楽しむ作品に仕上がっている。詐欺を題材にした作品が多いのは、どんでん返しの題材としてわかりやすいからだろうか。「お地蔵様に見られてる」は題材があまり好きになれない作品だが、他は読んでいて楽しかった。それなりに達者で手堅い作風の作家だとは思っていたが、ここまでうまいとは思わなかった。量産型の作家だとは思うが、これぐらいの短編を書き続けてくれれば、他の作品も楽しみにできる。
 個人的には、受賞作の「おばあちゃんといっしょ」よりも「二十年目の桜疎水」をお薦めしたい。やはり気持ちが明るくなれる作品の方が好みだ。