平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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米澤穂信『黒牢城』(角川書店)

 本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道。(帯より引用)
 『文芸カドカワ』『カドブンノベル』に2019年、2020年に章ごとに集中連載。加筆修正後、2021年6月、単行本刊行。

 

 織田方の使者として有岡城に現れた小寺官兵衛、元の名を黒田官兵衛は、荒木村重に「この戦は勝てない」と告げる。村重は官兵衛を返さず、しかし殺さず土牢に閉じ込める。それは武門の定めに反することであった。「序章 囚」。
 大和田城を任していた安部兄弟の息子、二右衛門が、戦いもせず織田に下り開城した。人質として取っていた息子の自念を殺すべきところを、村重は軍議で牢につなぐと告げる。刃物はすべて奪い、竹牢ができるまで奥の納戸に閉じ込めるも、翌日の朝、自念は殺害された。矢傷はあったが弓矢はない。納戸の外の庭は雪に覆われて足跡はなく、納戸につながる廊下は村重が信頼する部下が複数で見張っていた。「第一章 雪夜灯篭」。
 有岡城の東の沼地に、柵地で囲われた陣があった。布陣したのは」織田信長馬廻のひとりである大津伝十郎。抜け駆けと判断した村重は御前衆を率い、外様の高槻衆と、大坂本願寺の指図に従って有岡城に入った雑賀衆を連れ、大津陣に夜討ちをかけた。見事に成功し、村重は勝鬨を上げた。雑賀衆と高槻衆はそれぞれ若武者と老武者の兜首を取っていた。そこへもたらされた「御大将お討ち死に」の情報。若武者の首のどちらかが大将首と思われたが、それがわからない。しかも夜が明けると、片方の首が憎しみに満ちた形相の首に入れ替わっていた。「第二章 花影手柄」。
 夏になって籠城が半年過ぎ、城内も気が緩みがちとなっていた頃、廻国の僧である無辺が村重のもとへ帰ってきた。明智光秀に降伏の口利きを頼む書状を持って行ったものの、家老の斎藤利三に門前払いされた。しかし言伝として、人質の代わりに世に広く知られた茶壷の名物「寅申」を寄こすようにとのことだった。村重は了承し、新たな書状と「寅申」を無辺に渡す。その夜、無辺が殺害され、さらに宿っていた庵を警護していた御前衆の一人、秋岡四郎介が後ろから斬られて死んでいた。しかし草野のただ中で遣い手である秋岡の刀を抜かせず後ろから斬ることなどありえない。誰がどうやって二人を殺したのか。「第三章 遠雷念仏」。
 実りの秋となり、籠城も一年を迎え膠着状態となり、城内も気の緩みが目立つようになった。村重の言葉は諸将に届かず、村重自身も焦りが出ていた。先の事件に疑問を抱いた村重は、またも牢の中にいる官兵衛と話を交わすこととする。「第四章 落日孤影」。
 村重が城を出てからの後日譚。「終章 果」。

 

 織田信長重臣であった荒木村重が、いきなり謀反を起こした理由はいまだに謎のままである。そして、官兵衛が殺されずに幽閉された理由も明らかになっていない。作者はそんな歴史の謎に一つの解決を与えるべく、有岡城で起きた不可解な事件の謎解きを通しながら、二人の戦いを描いてゆく。
 なんといっても、歴史的に確定した事実の裏側を紐解くその発想にただ脱帽。しかも当時ならではの不可能犯罪と謎解きを絡める本格ミステリとしての面白さ。さらに当時の戦国武将ならではの心根や戦を描き切っているのだから、もはや言うことなし。本当にすごい。歴史上の謎と本格ミステリならではの謎をここまで密接に絡め、そして人物描写や背景描写に優れた作品はないだろう。傑作の一言。作者の代表作になるだろう。
 この作品の発想の元ネタは、『真田丸』のあのエピソードだろうか。どこから発想を得たのか、聞いてみたい。