平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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山口芳宏『雲上都市の大冒険』(東京創元社)

雲上都市の大冒険

雲上都市の大冒険

東北の標高1150メートルの高地に位置する四場浦鉱山は、日本で二番目の硫黄産出量を誇る。街には鉱山労働従事者とその家族13000人以上が住み、光熱費は無料。そこは小・中学校、高校はもちろん、病院、劇場、鉄筋アパートなどが立ち並ぶ「雲上の楽園」であった。23年前に鉱山の地下牢に閉じこめられ、20年前に脱獄と殺人を予告した岸本座吾朗。昭和27年11月、座吾朗は地下牢から消え、鉱山の社長が殺害された。横浜から来た弁護士、殿島直樹は事件の謎に挑むべく、名探偵の助手として働くが、彼らをあざ笑うかのように連続殺人が起きる。そして殺人現場に残された血文字の謎。左手が義手のお調子者、真野原玄志郎。気障で二枚目、既に名探偵として活躍している荒城咲之助。二人の名探偵は、いかにして事件の謎を解くか。

2007年、第17回鮎川哲也賞受賞作。



粗筋だけを聞くと面白そうな話なのだが、中身はユーモアというよりファースに近いナンセンス本格ミステリ。東北なのに日常会話が標準語なのは読みやすくするためと善意で解釈してもいいのだが、それを除いても時代考証、設定は少々いい加減。まさに、「ユートピア」の舞台である。本来なら陰惨である連続殺人であるのに、文章や登場人物が悪のりしているから、読みやすいといえば読みやすいが、軽い印象しか伝わってこない。核となる脱獄トリックに至っては、笑うしかないトリックである(ところで匂いや煙はどうしたんだよ)。

二人の名探偵のキャラクターは悪くない。特に左手が義手の真野原は、もう1度見てみたい魅力的なキャラクターだ。この作品の一番のセールスポイントは、この探偵にあるかも知れない。

脱獄トリックの核の部分は実現不可能と思うが、その点を除いた、真相を巡るやり取りは結構面白い。連続殺人の真相そのものも、実現性はともかく、一応はなるほどと思わせるものだ。本格ミステリの謎解きとしては、どうかと思うものばかりだが。

結局、本人が書いているように「荒唐無稽で取るに足らない小説」というのが本当のところかも。本格ミステリの将来性云々とは全く無縁の作品だ。エピローグでシリーズ化を宣言するほどの悪のり小説だが、鮎川賞にふさわしいかどうかはともかく、その馬鹿馬鹿しさを楽しむ作品だろう。そう割り切って読んでしまえば、それなりに楽しい部分を見つけることもできるはず。その馬鹿馬鹿しい部分を強調するためにも、タイトルを“怪事件”から“大冒険”に変えたのは正しい判断である。