平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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長尾誠夫『秀吉 秘峰の陰謀』(祥伝社 ノン・ポシェット)

秀吉秘峰の陰謀 (ノン・ポシェット)

秀吉秘峰の陰謀 (ノン・ポシェット)

知将・越中富山城主佐々成政は、国の東西を羽柴秀吉の軍勢に挾まれ、絶体絶命の危機に陥った。徳川家康の版図・信濃に援軍を求めるには、厳冬の飛騨山脈を越えねばならない。成政は重臣たちの反対を押し切り、雪と氷の地獄に挑んだが、自然の猛威の前に兵たちは次々に倒れた。が、この無謀とも言える飛騨雪中行の背後には、驚天動地の陰謀が隠されていた……!(粗筋紹介より引用)

1988年9月、『秀吉 秘峰の陰謀―佐々成政の飛騨雪中行』のタイトルで祥伝社より単行本で書き下ろし刊行。1992年12月、文庫化。



1986年に『源氏物語人殺し絵巻』で第4回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞した作者の受賞第一作。文藝春秋ではなく、なぜ祥伝社から出たのかは不明。本書の1年後に『邪馬台国殺人考』という作品が文藝春秋から出ているところを見ると、別に切られたというわけでもなし。作者あとがきを読むと、受賞作出版直後に執筆依頼があり、祥伝社初のハードカバー書下ろしシリーズの第一弾ということで張り切ったらしい。

佐々成政のさらさら越えを題材にした作品。織田信長の元家臣だった佐々成政は、小牧・長久手の戦い織田信雄徳川家康方につき、豊臣秀吉側である前田利家の末森城を攻撃。第一章はここから始まる。しかし成政は敗れ、さらに小牧・長久手の戦いは信雄が秀吉と和議が成立して家康も戦いから手を引いた。越後の上杉景勝も利家と手を組んで東側から攻めてくる。雪で辛うじて戦いが休止した12月、窮地に陥った成政は家康に助けを求めるため、芦峅寺集落の総本山仲宮寺の秘中の秘、立山曼荼羅に描かれている信濃までの道を通り、厳冬の飛騨山脈立山山系を超えることを決意する。そこに同行したのは、成政がかつて謎の敵に襲われて瀕死の状態だったところを助けたことのある修験者、武虎。雪と氷の地獄、そして成政の命を狙う刺客たちによって次々と倒れていく兵たち。

登山技術が格段に違う現代でも相当の難関である、無謀な雪山越え。ハードな内容の史実であるにもかかわらず、メジャーとはあまり言えない題材であることは否めない。忠実に映像化すれば、相当ヒットすると思うのだけれどね。それはともかく、成政たちが冬山を超えるあたりの描写はなかなかの迫力であり、冒険小説としても十分通用する出来栄え。さらにこの飛騨越えに隠された「陰謀」には素直に脱帽した。ただ作者があとがきで言及している「あれ」については、あの作者の処女作でも言及されているし、そもそも連載はもっと前だったとだけは言っておく。何もあとがきで強く言わなくても十分面白いのに、と思った。

作者が文庫版のあとがきで書いている「過酷な雪中行をメインに、歴史的事件あり、推理劇あり、剣戟あり、冒険あり、スペクタクルあり、かつまた超人的ヒーローありと、あらゆる要素を含んだ一大エンターテイメント歴史推理小説を書いてみたい」という狙いはかなり成功していると言える。なんで当時、話題にならなかったんだろう。当時は講談社東京創元社の書下ろし単行本が受けて、各社がこぞって参入していたから、これもその流れの一つにしか見えなかったのかな。あのころ読んでおくのだった……と言いたいけれど、当時読んだらあまり面白さを感じなかったかも。時代物は趣味の部分があるし。

2chの某スレッドで傑作と書かれていて興味をもったので、購入してみた。これは読んでみて大正解だった。うん、満足。