平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

弥生小夜子『風よ僕らの前髪を』(東京創元社)

風よ僕らの前髪を

風よ僕らの前髪を

 

  早朝、犬の散歩に出かけた公園で、元弁護士の伯父が何者かに首を絞められて殺害された。犯人逮捕の手がかりすら浮かばない中、甥であり探偵事務所勤務の経験を持つ若林悠紀は、養子の志史を疑う伯母の高子から、事件について調べてほしいと懇願される。悠紀にとって志史は親戚というだけでなく、家庭教師の教え子でもあった。。誰にも心を許そうとしなかった志史の過去を調べるうちに、悠紀は愛憎が渦巻く異様な人間関係の深淵を覗き見ることになる。圧倒的な筆力に選考委員も感嘆した第三十回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2020年、第30回鮎川哲也賞優秀賞受賞。2021年5月、刊行。

 

 伯父の殺人事件の真相を追ううちに、伯父夫婦の養子で実際は孫の立原志史周辺に不審な死が相次いでいることがわかり、事件の真相を探る若林悠紀。才能に恵まれているのに、不幸にさらされてきた若者たちの物語。
 一見問題がなさそうな家にある、不幸な真実と虐待。外向けの顔と、そこに隠された闇。様々な絶望の形が、事件の中に描かれている。心理描写、情景描写がとてもうまい。そして真相を追ううちに見えてくる闇の深さが絶望の深淵を物語っており、そこから逃げ出そうとする者たちの「静かで激しい拒絶」がよく描けていると思う。
 正直本格ミステリとしては弱いと思う。関係者に当たっていったら、とんとん拍子に証言が出てきて、またその後のケアまでしてくれている。歩き回ったら回答に辿り着きました、みたいな作品だ。ただ、親族が探偵役ということもあるから、ギリギリ許容範囲だろうか。
 逆に動機の描き方が非常にうまい。なぜこの時期に殺したのか、というところまでしっかりと考えられている。こんな綿密に書くことができるのなら、推理する部分をもう少し書くことができたんじゃないだろうか。いっそのことハードボイルドにしてしまえばよかったのに、と思わせる。その方が変な謎解き部分を作ることなく、うまく描けたと思う。
 加筆修正したかどうかが書かれていないのだが、まさか応募時のままなのだろうか。完成度や面白さでいったら、受賞作の『五色の殺人者』より上。次作が楽しみです。