平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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後藤均『写本室(スクリプトリウム)の迷宮』(創元推理文庫)

写本室(スクリプトリウム)の迷宮 (創元推理文庫)

写本室(スクリプトリウム)の迷宮 (創元推理文庫)

大学教授にして推理作家の富井がチューリッヒの画廊で出会った絵は、著名な日本人画家・星野の作品だった。画廊の主人から星野の手記を託された富井は、壮大な謎の迷宮へと足を踏み入れる。――終戦直後のドイツ。吹雪の中、星野は各国を代表する推理の達人たちが集う館に迷い込んだ。彼らが犯人当て小説「イギリス靴の謎」に挑む中、現実に殺人事件が起きる! 虚々実々の推理の果て、導き出された驚愕の解答等とは。そして星野の残した謎の言葉に翻弄される富井。年に一度だけ訪れる“迷宮の使者”とは? 富井は全ての謎を解き、使者に出会えるのか? 多重構造の謎が織りなす巧緻なミステリ。第十二回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

2002年、第12回鮎川哲也賞受賞。応募時ペンネーム富井多恵夫、応募時タイトル『スクリプトリウムの迷宮』。加筆訂正の上、2002年10月、刊行。2005年2月、文庫化。



大学教授で推理作家の主人公、富井がヨーロッパへ出張途中、チューリッヒで星野泰夫の作品に出会う。1年に1回、モンセギュールが陥落し、棄教を拒否した二百人の信者が山のふもとで火刑に処せられた3月16日だけ飾られるというその絵には、日本人が来たら渡してほしいという書簡があった。その書簡の中には、星野が戦後に遭遇した殺人事件について書かれていた「手記・弌」「手記・弐」があり、そして当時犯人当てが行われた小説「イギリス靴の謎」が挟まっていた。

これだけの多重構造、書き方がまずいと独りよがりの自己満足に終わってしまうことが多いのだが、鮎川賞を受賞したということだけあって、さすがにそのような愚は犯していない……と言いたいところだが。構造自体は非情に魅力あふれる設定だ。中世ヨーロッパの歴史が絡み合う内容は知識を要するところであり、日本人が推理するには不向きな気もするが、それは教養と思いながら読めばいい。さて、問題は、肝心の中身が伴っていないところだ。作中作中作になる「イギリス靴の謎」が非常につまらない。これは島田荘司がいう通り、ここが傑作になると、枠の外が生きる展開になるだろう。さらに星野の世界で起きた殺人事件の方も今一つで、解決があまりにも安易。そして最大の問題点は、最後に大きな謎が何も解かれず、そのまま「続く」になっていること。読了後、こんな肩透かしを食らわされたのではたまらない。

魅力的なアイディアに、中身が伴っていない典型的な作品。そもそも最初から最後まで僥倖に頼りすぎ。まあ、アイディアのみを評価して鮎川賞受賞となったのかもしれないけれど、個人的に見たら未完成作に等しい出来である。
この作品の続編が、『グーテンベルクの黄昏』ということらしい。さすがに読む気が起きないぞ、これじゃ。