平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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方丈貴恵『時空旅行者の砂時計』(東京創元社)

時空旅行者の砂時計

時空旅行者の砂時計

 

  瀕死の妻のために謎の声に従い、2018年から1960年にタイムトラベルした主人公・加茂。妻の祖先・竜泉家の人々が殺害され、後に起こった土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった「死野の惨劇」の真相を解明することが、彼女の命を救うことに繋がるという。タイムリミットは、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの四日間。閉ざされた館の中で起こる不可能犯罪の真犯人を暴き、加茂は2018年に戻ることができるのか!?
“令和のアルフレッド・ベスター”による、SF設定を本格ミステリに盛り込んだ、第29回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2019年、第29回鮎川哲也賞受賞。2019年10月、東京創元社より単行本刊行。

 

 そもそもアルフレッド・ベスターって誰?ということで検索してみたら、アメリカ合衆国のSF作家、テレビやラジオの脚本家、雑誌編集者、コミック原作者とのこと。ごめん、全然知らない。長編『分解された男』はテレパシーが一般化した未来世界を舞台にした警察小説だそうだ。作者は京大推理小説研の出身。
 都市伝説「奇跡の砂時計」は、砂時計のペンダントを拾うと願いを一つだけ叶えてくれるというもの。スマホにかかってきた声に導かれ、加茂冬馬が拾った砂時計は「マイスター・ホラ」と名乗り、竜泉家の呪いを解くべく、58年前に起きたN県詩野の別荘で起きた連続殺人事件と土砂崩れによって全滅した「死野の惨劇」の真相を解明するために冬馬を時間移動させた。ところが移動した先ではすでに2名が殺害されており、さらに妻・伶奈の祖母の双子の姉・文香に見つかってしまった。文香の協力の下、竜泉家の別荘に入ることとなった冬馬。
 SF要素はあるものの、時間移動後は普通の「陸の孤島」「見立て殺人」かと思ったら、SF要素ががっちりとトリックや事件の謎に組み込まれていた。うーん、個人的にはあまり好きになれない。結局自分が作ったルールで考えることになるので、たとえ伏線が張られていたとしても一般的には及びもつかない部分で謎解きされてしまうことになるからだ。せめてシンプルなルールが一つか二つだけあればまだよいのだが。だから謎解きのロジックを楽しむことはできるが、謎解きのカタルシスを味わうことは難しい。
 登場人物は多いわりにくどくなく、SF要素の説明もコンパクトにまとめており、すんなりと物語に入れる腕には感心した。協力者に中学生の少女を使うところは、読者の共感を呼ぶには良い手だったと思う。そういう物語自体を楽しむことはできたかな。だから読後感は非常に良い。
 いわば伝統的な本格ミステリにSF要素を交え、作者ならではの世界観を作り出せたことは特筆に値するだろう。そういうチャレンジ精神は受賞に値すると思う。十分楽しむことはできたが、できればもう少しシンプルな設定で読んでみたい。