平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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藤田宜永『ダブル・スチール』(光文社文庫)

ダブル・スチール (光文社文庫)

ダブル・スチール (光文社文庫)

八百長で球界を追われた名投手・本多陽一郎は、パリで地味な生活を営む。とはいえ世話になった組織とのしがらみで、町の裏側に精通し、闇の仕事を踏むこともある。……そんなある日、一人の少年と出会った。アマ・チームの剛腕投手。本多の内に潜む、野球への熱き思いが燃えた。彼をプロ投手に育て、日本へと導く。――「男」たちがいる、「気分のいい」物語。(粗筋紹介より引用)

1988年、角川文庫より書下ろし刊行。1995年6月、光文社文庫化。



犯罪小説や私立探偵小説を書きまくっていたころの作品で、藤田のこの手の作品では代表作の一つといってよいと思われる。それにしても、光文社文庫のこの粗筋紹介、だいぶ印象が違うなあ。

本多はパリでギャング組織に入り幹部にまでなったが、6年前に組織を抜け、ボスの情婦が名義となっている日本料理店を営む。とはいえ、組織の隠れ家として今も使われており、関係が切れているわけではない。ある日、自分が組織に誘った若者、ジャン・イヴと、元組織の一兵だった年寄り、ルイジが宝石店を襲い強奪、さらに主人と愛人を殺害し、警察に追われて本多の店に逃げてきた。本多はかくまうが、その仕事は組織のボス、コロンボには内緒の仕事だった。コロンボにそのことを報告すると、縄張り相手である組織のボス、アルフォンジーの義弟だったことが判明。事態を解決するために、本多は組織の幹部に復帰する。アルフォンジーとの交渉前にルイジは匿った先で、家の夫婦とともに殺害された。アルフォンジーとの交渉結果、日本企業JCEフランス工場の工員の給料を積んだ現金輸送車を襲う計画を宝石とともにアルフォンジーに引き渡し、ジャン・イヴの命は助けてもらう。

簡単に見えた現金輸送車強奪だったが、奪ったケース事態は自体なのに、中身の札束はいずれも粉々か燃えているか、赤いインクがべったりついていた。JCEが開発したケースだった。コロンボたちはその結果を見て、再度強奪を行うことを企てる。



とまあ、主人公の本多はどっぷりと犯罪に携わることとなる。一方、その途中で知り合ったフランスとのハーフの若者と偶然出会い、トレーニングを行う。またJCEタイピストをしている若者の姉と深い関係になる。その後、八百長事件で唯一庇ってくれた当時のキャッチャーで今は別チームの監督に若者を紹介する。

パリに10年住んでいた作者なので、パリの情景が浮かんでくるような描写は見事。流されるままに生きている本多が、野球への情熱が少しずつ湧き上がるところは、読者の心をも燃え上がらせる。パリの二つの組織の争いに巻き込まれる本多、情報漏えい、探り合い、出し抜き。謎を抱えたままの輸送車強奪への流れも見事。そして若者をフランスから日本へ連れてきてからの急展開も、読者の目を引き付けて離さない。やはりこの作品は傑作である。

当時それほど騒がれなかったようだが、それでもこのミスでは9位だった。大作・傑作が多数出版されていた時期だから仕方がないが、埋もれるには惜しい。いや、それらの大作にも引けを取らない傑作である。30年近く前の作品だが、傑作は色褪せない。