平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ハロルド・Q・マスル『霊柩車をもう一台』(ハヤカワ・ポケットミステリ)

霊柩車をもう一台 (1961年) (世界ミステリシリーズ)

霊柩車をもう一台 (1961年) (世界ミステリシリーズ)

著作権代理業者アダム・コールマンは、共同経営者のダン・ヴァーニーにハリウッドの映画会社に売った小説の代金5万ドルを持ち逃げされたうえ、そのことで小説の作者からは訴えられるというていたらくだった。彼は友人の弁護士スカット・ジョーダンを訪ね、ヴァーニーの行方の調査を頼んだ。その小説はフレッド・ダンカンと言う元警官が書いた、四年前の実在事件をモデルに警察内部の腐敗事実を数えあげた暴露ものだった。そこで小説が映画になり、一般に公開されると、当時事件に関係した警官たち――今では指導者的立場にある彼らを窮地に陥れることになる。当然、その上映を禁止しようとする策動が始まり、ダンカンにも脅迫の手がのびた。じつは彼もその事件にかかわった一人であったが、膝に怪我をしたのをきっかけに警察をやめ、信託銀行の貸金庫の守衛で営々としていたのだ。今度、あえて彼が暴露小説を書いたのは金がほしかったからだ。一方、コールマン家では父親が病死し、肝心の遺書が見つからないために4百万ドルの遺産相続をめぐって大騒動だった――。

5万ドル拐帯事件、脅迫事件、遺産相続争いをめぐる二つの殺人! 巧みな構成とテンポの速い筋の展開、メイスンものに劣らぬ面白さ。マスルの1960年の最新作!(粗筋紹介より引用)

1960年、発表。1961年、邦訳発売。



当時の米国の人気作家、ハロルド・Q・マスルの第八長編。邦訳はこれが初めてで、その後何冊も訳された。長編には何れもニューヨークの弁護士、スカット・ジョーダンが出てくる。

解説で書かれている「ガードナーよりも、いっそう読みやすく、いっそう大衆化を進めた」作品である。作者はガードナーと同様、弁護士開業の経験がある。登場人物も、弁護士のジョーダン、秘書のキャシティ、私立探偵のマックス・ターナーという登場人物の並びも、メイスンものと同じ。もっともメイスンは刑事専門だが、ジョーダンは民事専門だ。さらに秘書のキャシティはデラ・ストリートと異なり、ジョーダンが引き継いだ弁護士事務所に、先代から勤めているという立場である。

本作品は小説の映画化の権利金を持ち逃げした友人の共同経営者を追う事件、小説の作者を当時の関係者が脅迫する事件、さらに友人の遺産相続をめぐる争いの3つの事件が絡み合い、テンポよく物語が進んでいく。ガードナーをより通俗化したような作風で、最後に意外な解決が待ち受け、事件は大団円となる。

少なくとも読んでいるときは面白い。この続きはどうなるだろうという楽しさがある。事件がどんどん起きるので、読んでいて飽きが来ない。そして読み終わってああよかった、楽しかった、はい、おしまい。はっきり言って、読んでいるときだけ楽しめて、読み終われば忘れてしまえばいい。そんな作品である。

なるほど、時間に追われる人にはうってつけの作品である。短めの長編だし、時間つぶしにはもってこい。娯楽に徹するという点では、作者にお見事と言いたい。ただ、何も第八作目から訳さなくてもいいだろう、と言いたい。シリーズで読んでいれば、もうちょっと驚いたのに、という箇所がある。