平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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連城三紀彦『造花の蜜』上下(ハルキ文庫)

造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈下〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈下〉 (ハルキ文庫)

歯科医の夫と離婚をし、実家に戻った香奈子は、その日息子の圭太を連れ、スーパーに出かけた。偶然再会した知人との話に気をとられ、圭太の姿を見失った香奈子は、咄嗟に"誘拐"の二文字を連想する。息子は無事に発見され安堵したのも束の間、後に息子から本当に誘拐されそうになった事実を聞かされる。――なんと犯人は「お父さん」を名乗ったというのだ。そして、平穏な日々が続いたひと月後、前代未聞の誘拐事件の幕が開く。各紙誌で絶賛を浴びたミステリの最高傑作がついに文庫化。(上巻粗筋紹介より引用)

その事件は、小川香奈子の息子の圭太が、スーパーで連れ去られそうになった出来事から始まった。幼稚園での信じられない誘拐劇。人質の父親を名乗る犯人。そして、警察を嘲笑うかのような、白昼の渋谷スクランブル交差点での、身代金受け渡し。前代未聞の誘拐事件は、人質の保護により、解決に向かうかのように思われた……。だが、それはこの事件のほんの序章に過ぎなかった。二転、三転する事件の様相は、読者を想像を絶する結末へ導く。読書界で話題沸騰の長篇ミステリ、待望の文庫化。(下巻粗筋紹介より引用)

2007年1月から2008年10月にかけて地方紙(南日本新聞河北新報、苫小牧民報、佐賀新聞、神奈川新聞、新潟日報宇部日報、信州日報、福井新聞名古屋タイムズ北日本新聞、下野新聞、日高新報、十勝毎日新聞奈良新聞)にて順次連載。2008年10月、角川春樹事務所から単行本刊行。加筆訂正の上、2010年11月、文庫化。



出版時期が悪くて年間ミステリベストからは外れているものの、『ミステリが読みたい!』(早川書房)2010年版で第1位になり、本格ミステリ大賞で最終候補作となった作品。ひとことで言えば誘拐ミステリだが、あの連城が単純な作品を書くはずもない。「お父さん」と名乗る誘拐未遂犯、警察の介入を何とも思わず、最初は身代金すら要求しようとしない犯人、そして白昼の渋谷での受け渡し。誘拐される側の複雑な家庭の事情も含め、一癖も二癖もある誘拐劇が繰り広げられる上巻。これだけでもすごいのに、下巻になると犯人側の一人による誘拐劇の裏側が語られる。それすらもすべてが真実でないのだから、いったい何を信じたらよいのやら。ここまで二転三転を繰り返すミステリもすごい。

ただ、上巻の派手な展開に比べると下巻があまりにも地味で、読みごたえはあるものの違和感は否めない。そして最後は蛇足という気がしなくもない。もちろんここまでが作者の狙いなのだろうから、それを言っちゃダメなんだろうが。ここまで読んで、初めてタイトルの絶妙さもわかるわけだから。

ただなあ、擦れたミステリファンなら喜ぶだろうが、恋愛小説等の連城が好きな読者からしたら、ポカンと口を開けるかもしれない。誤解を恐れずに言うと、やりすぎ、ひねりすぎ。そういう文句が出るところも含めて、作者の掌なんだろうが。