平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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藤村耕造『盟約の砦』(角川書店)

盟約の砦

盟約の砦

姉の美智子に対抗するように司法試験に合格し、司法研修所に通う祖父江しのぶは、弁護習得の指導担当弁護士だった伊藤周二に誘われ、神大寺家殺人事件の弁護団と一緒に活動する。銀行創業家として広く知られた神大寺深太郎の次男であり、国際的なヴァイオリニストとして知られた優作は、兄・幸太郎の婚約者である箕輪美穂を箕輪家の別荘で強姦しようとしたうえ、殺害した。凶器が優作の所持するナイフであり、しかも指紋が残っていたこと。勇作が美穂を強姦しようとした時の悲鳴が聞かれていたこと。さらに優作が警察が来た後、姿を消したことなど、物的証拠も状況証拠も優作が犯人であることを示していた。しかし、勇作の無実を信じる深太郎は、庭にコンクリートの建物を作り、中に美穂の部屋を再現したのだ。弁護団に選ばれたのは伊藤、伊藤の甥で勇作の友人でもある赤羽宏大弁護士、有能であるが広域暴力団の顧問弁護士もしている佐藤勝一、佐藤義記弁護士、刑事訴訟法学者の真田邦秋教授、しのぶの姉で少年事件で多くの冤罪事件を手がけている祖父江美智子弁護士。とはいえ、あまりにも揃いすぎている証拠に苦しむ弁護団であったが、協議で泊りがけの朝、真田教授が殺害された。

1995年、第15回横溝正史賞佳作受賞。加筆訂正の上、同年5月、単行本刊行。



作者は現役弁護士。森健次郎名義で1992年、1993年と乱歩賞の最終候補に残っている。

現役弁護士らしく、主人公に司法研修生をもってきた。珍しい設定であり、作者には書きやすい内容だっただろう。そのせいか、筆は非常にノッている。しかし、人物造形は全く駄目であり、誰一人顔が浮かんでこないのには困ったものだ。特に赤羽としのぶが恋愛関係にあるなんて、肝心の場面になるまで全く想像つかなかった。

逆に裁判シーンはさすがと言える。同時進行でしのぶが裁判習得に出ていた3女性連続猟奇殺人事件の裁判シーンは、現役ならではであろう。事件の真相も意外なところに着地しており、構成自体は悪くない。とはいえ、読み終わってみると、粗が目立つ。殺人現場を再現する理由が結果としてあまりなかった、他の弁護士たちがあまりにも空気な存在で不必要だった点などである。しかし、最大の問題点は、選考委員のいずれもが指摘している点である。ネタバレに直結するのでここでは伏せるが、はっきり言って本作品の根底を覆すような問題点であり、出版時点でも全く解決されていない。

言っちゃ悪いが、ヒロインの立場が珍しいものであっただけであり、佳作として出版されるほどの作品でもなかった。作者は弁護士活動が忙しいのか、乱歩賞応募作を改稿した作品を出版しただけで、以降は沈黙している。