平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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吉岡暁『サンマイ崩れ』(角川ホラー文庫)

サンマイ崩れ (角川ホラー文庫)

サンマイ崩れ (角川ホラー文庫)

熊野山地の集落で台風による山崩れが起こった。パニック障害離人症性障害のため入院中だった僕は、いてもたってもいられなくて、病院を抜け出した。現地対策本部で出会った不思議な老人ワタナベさんと二人の消防団員とともに、土砂崩れで流された墓地の応急処置に向かうが……。第13回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作のほか、書き下ろし中編「ウスサマ明王」を併せて収録する。(粗筋紹介より引用)

2006年、「サンマイ崩れ」で第13回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。応募時名義平松次郎。書下ろし中編「ウスサマ明王」を加え、2008年7月、刊行。



短編賞受賞作でも受賞時と同年に出版されることが多いのだが、本作は受賞から約2年後の出版。書下ろしに時間がかかったのだろう。

短編賞を受賞した表題作「サンマイ崩れ」は、精神科に入院している学生が主人公。その時点でこれは肌に合わないかなと思ったが、筆致がいやに落ち着いているので、何とか最後まで読み終わることができた。病状について語られるところなどははっきり言って迷惑でしかないのだが、それを除けばありきたりな部分があるとはいえ、旨く構成されていると思う。独りよがりにならず、大人の鑑賞に耐えうる作品といったところだろうか。

「ウスサマ明王」は一転して明治中期の貧困にあえぐ家族を題材にした作品かと思ったら、次の章で平成の戦闘部隊ものになっているから眼が点になった。読んでいくうちに、対ユーマル(未特定鳥類様擬態生物)戦闘部隊がユーマルを退治するために探し回るという話だということが分かる。ホラーという気はしないのだが、本来科学的な怪物と対峙するイメージの強い戦闘部隊が日本古来の怨念と絡み合うところは、なかなかのアイディアかもしれない。残念ながら文章の描写力が追い付いていない気がしないでもないが、力の入った作品であることはわかる。

書下ろしに時間をかけただけの作品であることはわかった。ただ、時機を逸した感がある。やはり短編の方は受賞してすぐに短編集を出せるように準備しておくべきだっただろうし、「ウスサマ明王」は長編にすべき題材だったと思う。