平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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戸板康二『小説・江戸歌舞伎秘話』(扶桑社文庫 昭和ミステリ秘宝)

「車引」の場で、梅王丸、松王丸、桜丸の三兄弟は赤い襦袢を来て登場する習わしであったが、松王丸を演じた五代目団十郎はある時白い襦袢を着て皆を驚かせた。その理由は何か?(「座頭の襦袢」)。「忠臣蔵」の四段目、主人との別れの場面で大星力弥が悲しそうに首を振る型がある。これを工夫したのは誰か?(「美しい前髪」)。劇評家として一家を成しながら江戸川乱歩の勧めによって推理小説を書き始め、直木賞、推理作家協会賞を受賞した戸板康二。本書はその著者にして初めて書きえた、歌舞伎ミステリの傑作である。(粗筋紹介より引用)

「振袖と刃物」「座頭の襦袢」「美しい前髪」「種と仕掛」「幼馴染」「お七の紋」「女形と胡弓」「夕立と浪人」「ふしぎな旅篭」「鉄の串」「お染の衣裳」「稲荷の霊験」「ところてん」「女形の大見得」の14編を収録。『別冊小説現代』に1972年から1976年まで掲載。1977年12月、講談社文庫より刊行。 2001年12月、扶桑社文庫にて復刊。



歌舞伎評論の大物で、中村雅楽シリーズでも有名な作者による、歌舞伎を題材にした短編集。歌舞伎の演目で、現代の舞台では見ることができる事柄(演じ方や小道具など)が当初とは異なっている理由を想像で補い、ミステリっぽく仕上げた作品14編を収録。

歌舞伎を知らない(私自身がそうだ)読者にもわかりやすく、読書の興を削がない書き方で説明してくれているので、誰が読んでも楽しめる作りになっている。とはいえ、歌舞伎を知っている人の方が、驚きが増すとは思う。

単に変わった理由を書くのではなく、そこに纏わる人間ドラマをしっかりと描いてくれているので、読んでいて面白い。ただ、歌舞伎の都合上似たような名前が出てくるのにはちょっと戸惑った。また、各短編につながりがないのに似たような名前が出てくるので、もしかしたらなんて勘繰ってしまうのは悪い癖だろうか。

一気に読むのもいいけれど、これは一つ一つをじっくりと時間を掛けて読んだ方がよい。良いワインを味わいながら飲むように、良質の短編をじっくりと読むのも、また乙なものである。