平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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今野敏『自覚 隠蔽捜査5.5』(新潮社)

自覚: 隠蔽捜査5.5

自覚: 隠蔽捜査5.5

連続強制わいせつ事件の容疑者が逮捕されたと東日新聞にすっぱ抜かれた。朝刊を読んで、大森署副署長の貝沼悦郎は、自分の知らない事実に驚く。関本刑事課長に聞くと、昨夜11時に中国人留学生の女性が悲鳴を上げているところを警邏中の地域課係員が現行犯逮捕したという。しかし逮捕された男性は、出会いがしらにぶつかっただけだと犯行を否認。逮捕から48時間以内に送検するかどうかの判断をしなければならない。情報を漏らしたのは誰か。これは誤認逮捕か。貝沼は悩む。「漏洩」。

警視庁警備企画係の女性キャリア・畠山美奈子は藤本警備部長の命により、大阪で1週間のスカイマーシャル(旅客機に搭乗し、ハイジャック等の犯罪に対処する武装警察官)研修に派遣される。同行するSATのメンバーからは敵視され、女性の非力さから実践想定訓練や格闘技は散々な結果。しかも夜は酒の席に呼ばれ、大阪府警の警備部長たちの酌をさせられる始末。たった1日で思い悩んだ美奈子は、以前世話になり尊敬する竜崎に電話をする。「訓練」。

警視庁第二方面本部へ新たに弓削篤郎警視正が本部長として赴任した。野間崎政嗣管理官は弓削との「レクチャー」で、大森署の竜崎が変人で問題署長だと報告する。興味を持った弓削は竜崎に会いたいと言い出し、野間崎は電話で呼び出そうとするが、竜崎は強盗傷害事件が発生して緊急配備の指令が出たところなので拒否する。野間崎の報告を聞いた弓削は直接大森署を訪ねるが、竜崎は関本刑事課長と一緒に現場にいちばん近い交番へ行っていた。「人事」。

住宅街で夜中に強盗殺人事件が発生する。現場を臨場する森署の関本良治刑事課長や警視庁本部捜査一課の田端守雄捜査一課長。捜査の途中で発砲音が響き、慌てて駆けつけると、大森署の一匹狼、戸高義信が人質を取っていた犯人に発砲して捕まえたところだった。拳銃の使用についてはマスコミがうるさい。戸高をどうすべきか苦悩する関本。「自覚」。

久米政男地域課長の所へ怒鳴り込んできたのは関本刑事課長。話を聞くと、地域課に配属されている卒配(警察学校で初認教養を終えた後、各警察署に分散して配属され、実習を行うこと)の新人・加瀬武雄が、緊急手配されていた常習窃盗犯に職質をかけておきながら、犯人と気付かずに逃がしてしまったという。職質をかけたのは緊急手配前であると、新人を庇う久米。そのまま地域課と刑事課の仕事の内容の言い争いになり、その言い争いは本庁捜査三課や貝森副署長まで巻きこんでしまう。「実地」。

警察庁から検挙数と検挙率をアップしろという通達が入った。しかもやり玉に挙がったのは、強行班係と組対係。関本からの命を受けた小松茂強行班係長は係のメンバーにその内容を伝えると、不満に思う戸高は「やれと言われればやりますが、どんなことになっても知りませんよ」と言いつのる。そして翌日から、大森署は微罪で捕まった人たちであふれかえるようになった。「検挙」。

大森署管内で強姦殺人事件が発生。捜査会議に駆けつけた伊丹俊太郎刑事部長は、女性の部屋を訪れた宅配員が居て部屋の中の指紋と比較していることを知り、「指紋が一致したら逮捕でいいな」と言ってしまう。しかし逮捕された容疑者は犯行を否認するも、伊丹は送検してよいと言ってしまった。ところが取り調べ中、犯行現場に残されていたDNAが容疑者と一致しなかったことが判明する。「送検」。

小説新潮』2011年から2014年に断続的に掲載。2014年10月、単行本化。



『初陣』に続く「隠蔽捜査」シリーズのスピンオフ作品第2弾。前作は伊丹刑事部長が主人公の短編集であったが、今回は竜崎を取り巻く人々が1話ずつ入れ替わって主人公となっている。

もっとも、悩みや問題に対して相談された竜崎が一刀両断するという展開は変わらない。原理原則で動く竜崎の言葉が、「常識」と思い込んでいたしがらみを解き放してしまうところは、毎度のことながら鮮やかであり、痛快である。ただし、前作と比べて事件の謎を解き明かすという部分がほとんど無くなったのは残念。

それにしても大森署の中で竜崎の考え方が少しずつ浸透し、竜崎を絶対視する考えが広まっているのにはちょっと笑えた。そんな中で、相も変わらず勤務態度が不真面目なれど、自分の信念に忠実な戸高義信の動きには感心する。「漏洩」「自覚」「検挙」の3作品に登場し、キーパーソンとなっているが、戸高と竜崎のやり取りを見るのは実に楽しい。特に「検挙」での戸高のやり口はお見事としか言い様がない。普通だったら思いついても実際に行動に移したり周囲を巻きこんだりすることはしないだろう。逆にその後の竜崎とのやり取りをも想定した行動であり、二人の阿吽の呼吸が見て取れて面白い。

個人的ベストは、表題作の「自覚」ではなくて「実地」。新人の失敗と思われた事件が、竜崎のところで一転してしまう構造が巧い。

「隠蔽捜査」シリーズは長編も面白いのだが、このようなスピンオフ短編にも色々と面白いところがある。それだけ人物造形が豊かなのだろう。できることなら、家族の中で竜崎がやり込められる短編も見てみたかった。大森署メンバーの主だった人が主人公になっているので、ファンにはたまらない一冊。ただ、斎藤治警務課長の主人公の話が無かったことは残念。この人がいちばん竜崎と大森署で接しているだろうに。

「訓練」にある竜崎のアドバイスなど、生きる上でヒントになるような事例がごろごろ転がっているので、そういう観点で読んでみると別の面白さが発見できるかも知れない。