平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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今野敏『署長シンドローム』(講談社)

 大森署を長年にわたり支えてきた竜崎伸也が去った。新署長として颯爽とやってきたのは、またもキャリアの藍本小百合。そんな大森署にある日、羽田沖の海上で武器と麻薬の密輸取引が行われるとの報が! テロの可能性も否定できない、事件が事件を呼ぶ国際的な難事件に、隣の所轄や警視庁、さらには厚労省海上保安庁までもが乗り出してきて、所内はパニック寸前!? 藍本は持ち前のユーモアと判断力、そしてとびきりの笑顔で懐柔していくが……。戸高や貝沼ら、お馴染みの面々だけでなく、特殊な能力を持つ新米刑事・山田太郎も初お目見え。さらにはあの人物まで……!?(帯より引用)
 『小説現代』2022年12月号掲載。2023年3月、講談社より単行本刊行。

 隠蔽捜査シリーズでお馴染みの大森署に、竜崎信也の代わりにやってきた美貌のキャリア、藍本小百合署長が主人公。『カットバック 警視庁FCII』や短編「非違」にも登場しているが、メインとなるのは初めて。貝沼曰く「モラルとかコンプライアンスを超越している」美貌で、批判的な署員でも署長に会うと反抗する気を無くしてしまうという。そのため、方面本部や警視庁本部の幹部が署長に会うためにだけに大森署にやってくる。貝沼副署長や斎藤警務課長の胃の痛い日が続いている。
 今回の事件は、CIAから情報をもたらされた、外国人ギャングによる羽田沖での武器麻薬密輸取引。警視庁の安西正組織犯罪対策部長がやってきて、大森署に前線本部を設置。馬淵浩一薬物銃器対策課長率いるメンバーや東京湾臨海署からの応援部隊、臨海部初動対応部隊WRT、海上保安庁の特殊部隊SSTまで動員。さらに同じくCIAを通じて情報を得た黒沢隆義麻薬取締官がやってくる。
 所轄が舞台とは思えないぐらいの事件であるし、携わる人たちも一癖ある強面ばかりだが、藍本所長の美貌と天然の前には骨抜きになってしまうというのは面白い。とはいえ単に美貌だけが取り柄というわけではなく、事件の本質を見極め、部下を信頼するところは竜崎所長と同じである。貝沼が気付くように、アプローチが違うだけで、やり方は変わらないのだ。いずれ大森署の面々も、その美貌だけではなく、署長としての姿に心酔していくことになるのだろう。もっともお偉方が入れ替わりでやってくるので、貝沼や齊藤の心労は別の意味で大変だろうが。
 新しい登場人物として、山田太郎巡査長が登場し、戸高とペアを組むことになる。厳しい競争を勝ち抜いた新人とも思えないぐらい冴えない若者だが、一度見たものは映像のようにすべてを記憶してしまうという。それは聞き込みに言った事務所のそれぞれの机の上に何があったかとかホワイトボードの文字やポスターの文言まで。記憶は一日ぐらいしかもたないというが、その特徴を生かして今回の事件でも活躍することになる。
 事件の方は捜査が中心であり、隠蔽捜査シリーズで時たまある犯人の謎といったものはない。純粋にメンバーの活躍を楽しむ娯楽作品に仕上がっており、多くの登場人物に見せ場を作っているところはさすがに巧い。貝沼の行動など、やはり竜崎の影響が強く残っているのだろうなと思わせるところは、ファンの喜ばせ方を知っているものである。
 戸高や関本刑事課長などの大森署の面々も当然登場。竜崎の転任で彼らに会えなくなるのは寂しかったが、藍本署長の本作品がシリーズ化されるとまた会うことができる。多分シリーズ化するだろう。そう信じたい。それぐらいの魅力的なキャラクターたちである。戸高と生活安全課の根岸紅美巡査がカップルになる展開もあったのかなあ、なんて思っていたのだが、それはなさそうなのが残念。
 キャラクターの魅力たっぷりの警察小説。隠蔽捜査シリーズを読んでいない人には魅力半減なところがあるのは残念だが、本作から読んでもそれほど違和感はない、と思う。今回は貝沼視点で物語が進んだが、次は別の人物の視点で話が進んだらどうなるだろか、と考えるのも面白そうだ。ところでこの作品がドラマ化されたら、藍本署長は誰が演じるのだろう。30代後半で美貌で天然。そちら方面は疎いので、ちょっと思いつかない。