平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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A・A・フェア『屠所の羊』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ630)

屠所の羊 (1961年) (世界ミステリシリーズ)

屠所の羊 (1961年) (世界ミステリシリーズ)

失業していては、見栄も意地もあったものじゃない。貧すれば鈍すとやら――ちょっとくさい気もしたが、たまたま見つけた社員募集の広告をたよりに、B・L・クール事務所にとびこんだのは、本人にはたして幸せだったか、不幸せだったか……? しかし、体重わずか120ポンド、前日からろくすっぽ食ってないドナルド・ラムが、200ポンドはゆうにありそうな大男ミスタ・クール、いや、大女バーサ・クールの面接を受けたときは、さすがに驚いた。おまけに、この女、やけに口が悪かった。どうせ乗りかけた舟だ、ままよとばかりにクソ度胸をきめこんで、バーサの毒舌を巧みにかわしたり、かわさなかったりしているうちに、群がる競争者を抜いて、栄えある採用と決定したときは、さすがタフ・ガイをもってなるドナルドも、あいた口がしばしふさがらなかった。

かくて、ドナルド・ラムは、輝かしき伝統を誇るアメリカ探偵小説の歴史に、はじめて登場することに相なった。だが、ありようは、この私立探偵、まさに屠所にひかれる羊だったのである。所長バーサ・クールの悋嗇に悪戦苦闘しながら、遂に事件を解決する異色のユーモア・ミステリ! ガードナーがA・A・フェアの名前で書きおろす問題の第一作!(粗筋紹介より引用)

1939年発表。1961年4月、翻訳。



女性上位の凸凹コンビ、クール&ラムシリーズの第1作。ガードナーが別名義で書いたシリーズで、全部で29の長編があってすべて邦訳されている。バーサ・クールは60歳前後の未亡人で、探偵事務所を切り盛りするドケチ。ドナルド・ラムは初登場時29歳で、元は弁護士。弁護士資格1年停止の失業中にB・L・クール事務所へ雇われる。クールと反比例するような小柄の男性だが、切れ味鋭い知恵を見せつけてクールの信頼を勝ち取り、のちには探偵事務所の共同経営者となる。

シリーズ名は知っていたが、読むのは初めて。自分がミステリを読み始めるようになったころは、ポケミス自体を入手することが難しかったぐらい田舎に住んでいた。なお作品自体は第1作だが、日本ではすでにクール&ラムシリーズはすでに15冊訳されていた。

サンドラ・バークスが、汚職事件で起訴されて逃走中の夫であるモーガンと離婚するために、モーガンを探し出して離婚訴訟における召喚状を送達する仕事を請け負った。モーガンを探している途中で、組織のもめ事に巻き込まれてしまう。知恵と法律知識で隙間をかいくぐるラムに喝采を送りたいところだが、本作品のハイライトである法廷でのラムの離れ業は法律の裏をかいたものであり、読み終わっても釈然としないところはある。そこを除けば、時間を忘れさせてくれる通俗ハードボイルド作品として楽しむことはできた。

アメリカで出版されたタイトルは"The Bigger They Come"だが、イギリスでは"Lam to Slaughter"となっている。これは"Lamb to the Slaughter"(屠所にひかれる仔羊)のLambとLamをひっかけたもの。邦訳タイトルはここから来ている。