平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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石川渓月『煙が目にしみる』(光文社)

煙が目にしみる

煙が目にしみる

巨大歓楽街、福岡・中洲。バブル期はやくざ相手でも一歩も引かず地上げで鳴らしたが、今は長いものには巻かれてしまうさえない街金業者、その名も小金欣作。ある夜、彼は界隈を仕切る悪評高い暴力団に単身でつっかかってゆく少女を見て、ついつい助けてしまう。

その少女の向こう見ずさにかつての自分を思い出し、長くくすぶり続けていた男の心に再び火がつく。

「大人の正義、見せちゃるばい」──彼は仲間と共に知力体力根性愛情を駆使し、ネオン街を奔走する。

全選考委員がこの作品に好感。プラターズの名曲「煙が目にしみる」が鳴り響く、第14回日本ミステリー文学大賞新人賞作品。(粗筋紹介より引用)

第14回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。2011年2月刊行。



タイトルはジャズのスタンダードナンバー、" Smoke Gets In Your Eyes"(日本語タイトル「煙が目にしみる」)より。個人的には川谷拓三主演のNHK銀河テレビ小説のイメージが強いのだが、まあ、それは置いておいて。応募時のタイトルは「ハッピーエンドは嵐の予感」。主人公・小金欣作が経営していた街金の会社名が「ハッピーエンド」だったので、それを使ったのだろうけれど、あまりにも陳腐なタイトルであり、このままだったら読者の半数は手にすら取らなかっただろう。どうでもいいが、主人公の名前も語呂合わせというのは本来ならマイナスポイントだろう。

内容はちょっと古いハードボイルド風味。どちらかというと、ジャズより演歌が似合いそうな作品なんだが。舞台が中州であり、会話も博多弁というのが本作品の特徴の一つか。福岡に住んだことがないので、どこまで本当の博多弁かはわからないが、読んでいて鬱陶しいということはなかった。

細々と街金をやっていた小金欣作が、友人・夏美を救い出そうとして乗り込んだはいいが、逆に輪姦されそうになった高校生・夢子を、暴力団系の芳崎ファイナンスの事務所から救い出すところから物語は動き出す。平気で暴力団がドンパチやっていることについては日本でも有数の街である福岡で、いくら高校生でも暴力団の恐さを知らないはずはないと思うのだが、まあ、よしとしよう。思わず救いの手をさしのべるのも、わからないではない。もっとも、そのまま徒手空拳に近い状態で組織暴力団に刃向かおうとするのは、無謀であるし、勝算はゼロに等しい。わかっていても抵抗するのがハードボイルドと言われても、武器も持っていない50近くの中年が主人公というところでかなり納得いかないものもあるが。その後の展開は、ご都合主義の塊。ピンチに陥ると必ず助けが入るし、誰かが情報を持ってくる。小金が殺される直前で電話が鳴るところは、笑うしかなかった。小切手の件だって、ちょっと調べれば自分でもわかるだろう、と言いたい。まあ、それ以前にこの程度の現金がないと破滅するって、どんな状況なんだ、いったい。

ただ、キャラクターの造形は非常によい。とくに小金を助けるオカマバーのメロンちゃんは最高である。これで50近くのおっさんじゃなかったら……(苦笑)。夢子、翔一といった子供の無鉄砲さや、小金たち大人のやせ我慢という点は、よく描かれていると思った。

内容的にはやや甘めに仕上がった作品だが、完成度自体が甘いのは残念。それにしても「全選考委員がこの作品に好感」というのは結構ずるいと思った。絶賛しているわけじゃないからね。選評を読んでみたいところだ。