平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

山川健一『安息の地』(幻冬舎)

安息の地

安息の地

本書は1992年6月4日に発生した、浦和市の高校教諭による息子殺人事件を題材としたノンフィクション・ノベルである。小説家である山川健一の転機となった作品らしいが、著書の作品を他に読んだことがないので、その辺についてはよく分からない。

帯のあらすじにもあるとおり、「何故、両親は23歳の息子を殺さなければならなかったのか」という疑問点に対し、殺された息子の高校生の頃からを克明に記すことで、真相の一端に迫ろうとした作品である。特に息子と父親、母親の内面を中心に描き、さらに周囲の人物の内面も描くことで彼らの対立を浮かび上がらせていく手法は、物語に深みを与えるとともに、事件の真相がより根深いところにあることを浮かび上がらせる。

ただ、それでもこの事件の場合、親が過度の期待をしていたとはいえ、息子が己に才能があると思い込んで甘えてしまった結果にしか見えない。実際のところ、殺された息子にロックの才能があったかどうかは全く分からない。ロック・ヴォーカリストとして同じロックにたずさわった山川健一であったが、実際の作品は多分聞いたことがないのだろう。周囲の人物たちの証言だけでは、そこに迫ることができなかったと思われる。もし彼が実際に音楽を聴いていたら、この作品により一層の深みを与えることができたに違いない。

この作品では裁判については一章分しか取り上げていない。この事件が世間に与えた衝撃というのは相当に大きかったと思われるが、そこについて触れないのは、あくまでこの作品は家庭内の天国と地獄を描きたかったからに違いない。

とはいえ、この事件の裁判後は非常に興味深い。一審判決までに集まった減刑嘆願署名は85,000人。しかし一審で両親に執行猶予判決が出ると、今度は「家庭内暴力をふるう子殺しは正当化されるのか」という議論が巻き起こった。世間というものは非常に勝手である。

暴力の痛みは、暴力を受けた者しか分からない。家庭内が暴力によって崩壊していたとしても、周囲で簡単に「説得を続けるべき」などと言えることの方が不思議だ。人殺しを簡単に肯定するわけではないが、どうすればよかったという疑問に簡単に答えられる人物がいる方が不思議だ。そういう人物こそ、立場を入れ替わって、自分が同じ経験に遭うべきだと考える。