平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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イーデン・フィルポッツ『医者よ自分を癒せ』(ハヤカワ・ポケットミステリ)

イギリス南部の風光明媚な町ブリッドマスの市長アーサー・マナリングが殺害された事件は、一大センセーションを巻き起こした。町の発展のために別荘地の開発に精力的に乗り出して財をなした不動産業者であると同時に、貧民対策事業に多額の金を投げうって称賛を一身に浴びているこの人物を、誰が、なぜ殺さなければならなかったのか? だが、人々の異常なまでの関心を事件に引きつけたのには、もうひとつ別の要素があった。それは、事件の在り様が、七年前のちょうど同じ日に起きた被害者の息子ルウパート殺害事件にあまりに酷似していたことだった。現場は、景勝地マッターズ沼地のまったく同じ場所、しかも左のこめかみから撃ちこまれた銃弾が頭蓋を通り抜けている点も同じだった。

二つの事件を結びつけて考えないものはなかった。しかし、スコットランド・ヤードが七年前と同様、一番の腕利き刑事を派遣してあらゆる努力を続けたにもかかわらず、謎は再び未解決のまま残されてしまった。迷宮入りの二重殺人は永遠の謎を秘めたまま葬られようとしていた……だが、30年後、マックオストリッチ医師の手記が事件の恐るべき真相を白日のもとにさらけだす!

赤毛のレドメイン』『闇からの声』と並び、大作家フィルポッツの代表的ミステリ。格調ある文体で悪の心理を容赦なく追及する心理ミステリの傑作。(粗筋紹介より引用)

1935年発表。1956年12月、邦訳発表。



イギリス文壇の長老、フィルポッツが73歳の時に書いた心理ミステリ。マナリング市長が七年前の息子の殺害と同じ状況で殺害され、ともに迷宮入りした事件の真相を、マナリングの娘と結婚したマックオストリッチ医師が遺した手記に従ってそのまま語られる。タイトルは聖書のルカ伝に出てくる言葉より。

ネタバレで書くしかないのだが、マックスオストリッチが義父であるマナリングに対し如何にして殺意を持つようになり、ついには殺人まで犯すようになったのかが丁寧に描かれている。そしてもう一つの焦点は、ルウパートを殺したのは父親であるマナリングであると思い込み、最後は違っていたと判明することにより、似たような殺人事件の内容を対比するところである。犯人の心理を描くのに長けているフィルポッツならではの作品ではあり、読んでいてまあまあ面白かったが、内容にサスペンス性があるわけでなく、マックスオストリッチが冷酷な殺人者というわけでもないので、野望を持つ若者が邪魔な男を除去する程度の内容では迫力に欠ける。

フィルポッツが書いたから読める作品になっているけれど、他の作者が書いたらつまらない作品のひとことで終わっていたかもしれない。作者のファンでもなければ、無理して読むほどの作品ではない。