- 作者: 西村望
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 1982/12
- メディア: 文庫
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1978年10月、立風書房より書き下ろし刊行。1982年12月、徳間書店にて文庫化。
水の縄は「今昔物語集 巻二十七、本朝付霊鬼、第五」より採られており、最後のある登場人物の独白で「法律みたいなものは、水で編んだ縄と同じで、世間はかけたつもりかもしらんが、縄はすぐ溶けてしもうて、実際にはなんの役にもたちはせんのじゃ。(中略)手錠をかけられた杉生がぬっと立っている。場所は徳島駅前らしい。こいつらの縄じゃてどうせ水じゃ。いまにほどけてじきに出て来よるわ」と語れている。確かに法律は水の縄と同じかもしれない。蛋谷にしろ杉生にしろ、鑑別所や少年刑務所を行ったり来たりしている。そして帰ってきても全く変わらず、罪を重ねていく。
蛋谷保広は当然仮名だが、彼が起こしたのは「徳島上那賀母子強盗殺人事件」であり、後に死刑判決が確定し、執行されている。
ちなみに本書では、蛋谷保広の幼友達で友人だった杉生昌一も主人公となっている。杉生もひどい人物で、小学生のころから喧嘩っ早く、気に入らない教師に椅子をぶつけて大けがをさせて少年院に放り込まれたという過去があるほど。松山少年院で二人は一緒になり、退院後は母校の職員室を荒らして金を奪い大阪に行く。金が無くなった後、杉生がパチンコ屋に住み込み、客の蛋谷が来た時に玉を出すようにしたが、それほどうまくいかないまま、東京に逃亡。二人でレストランに住み込んだが、3日目で蛋谷は金を奪って逃走。1年後、二人は山口の少年院で再会。退院後、杉生は暴力団の盃を受けたが、暴力事件を起こして懲役1年の実刑判決で刑務所暮らし。出所後徳島に戻り、組から祝儀をもらったはいいが、ある店で姫路から駆け落ちした16歳の女と知り合い、関係を持つようになる。杉生は女と徳島を逃げ出し、大阪に行って姉の家に行くが、姉はすでに夫の元を逃げ出していた。杉生は女と共謀し、女の地元の同級生や知り合いを誘い出しては徳島の知り合いの売春宿に売り飛ばしたが、犯行はばれ指名手配を受け逃亡。二人は東京に逃げ、同級生だった友人の家に駆け込む。しかし友人は杉生が指名手配を受けていることを知り、職場の上司と相談の上警察に駆け込んだ。杉生と女は間一髪のところで逃げ出し、事務所に逃げ込んで女事務員を人質に立てこもるも、警察に駆け込まれ、逮捕された。杉生は一審で懲役12年の判決を受けた。
杉生の犯行が事実かどうかは未調査なのでわからない。もっとも、立風書房から出た西村望の作品はいずれも実話をもとにしたノンフィクション・ノベルだから、創作ということは無いだろう。同じ町の友人が荒れまくり、最後は非道な事件を引き起こす。作者は登場人物の口を借り、法律は水の縄と同じだと嘆く。
小説としては、最初こそ二人の運命は絡み合っていたが、途中からは別々となり、杉生は逃亡先の東京で蛋谷が強盗殺人事件を起こしたことを知る。同時期に幼馴染みが非道な事件を別々に引き起こしたというのは珍しく、その偶然は確かに書いてみたい題材である。ただそれがうまく書けているかと言われると、ちょっと微妙か。時間が言ったり来たりして、しかも二人の物語が交互に書かれているため、少々読みにくい。“水の縄”という言葉にしても、最後の最後になって出てくるのだが、もう少し物語に絡めることはできなかったのだろうか。印象深い言葉であるだけ、残念である。
あとがきで、蛋谷は求刑死刑に対し無期懲役判決が、杉生には懲役10年が確定したと書かれている。しかし先に書いた通り、蛋谷ことMは控訴審では逆転死刑判決を受けて確定している。そう考えると、この本がどこまで脚色されているのか、かなり不安になることも事実である。