平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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石沢英太郎『羊歯行・乱蝶ほか』(講談社文庫)

羊歯行・乱蝶ほか (1978年) (講談社文庫)

羊歯行・乱蝶ほか (1978年) (講談社文庫)

友・三原哲郎が、天草にありえぬはずのサツマシダを採集に出かけ墜落死したと聞いて、嬉野は疑念をもつ。三原を天草へかり立てたのは、何者かのけい奸策によるのでは? 友情のため、愛好するシダへの冒涜をふり払うため、嬉野が究明に動くと…。「羊歯行」。(粗筋紹介より引用)

不倫による心中未遂で東京の新聞社を辞めた黒川を、九州の有力紙N新聞社が中途採用した。半年後、部長の企画の一つで、黒川は博多刑務所で受刑者による雑誌「筑紫路」を取材することになる。黒川はその中でも、「乱蝶」というエッセイとその作者結城信也に興味を惹かれた。「乱蝶」。

電機メーカーのテレビ検査部次長が、旅館の火事に巻き込まれて死亡した。そのメーカーをお得意様とするベッド販売店福岡支店長の私は、次長もまた秘めた情事の最中ではなかったと疑う。数日後、私のもとに消防局員が現れ、次長の血液から多量の生産が検出されたこと、その原因を追及するためにマットレスの成分を教えてほしいと言ってきた。私は消防局員から消えた女が居たことを知り、事件の謎を追う。「カラーテレビ殺人事件」。

キタタキ生息特別調査団に自ら志願した甲田春雄デスクが、対馬の山中で遭難に遭い死亡した。甲田からその仕事を奪われた室永は、会社の命令で甲田の後を引き継いで記事を書くこととなった。「キタタキ絶滅」。

経済調査で宮崎県に出張したぼくは、付き合ってくれた市の職員に、勤王の志士の殉難の碑が小さな島に残っていると聞かされる。その名前が田中河内介と知らされ、20年前に興味を持ったことを思い出したぼくは、そのことに詳しい課長と夕食の席で話し込む。「鬼哭」。

推理作家のぼくは、スナックで見掛けた写真の素人カメラマン渥美に興味を持ち、自らの短編にフォトがほしいため、玄界灘の孤島「相の島」へ一緒に行く。1か月後、渥美の撮った写真が国際コンテストのグランプリとカメラ誌のコンテスト金賞に入選した。「傍観者」。

1978年8月、講談社文庫より刊行。



表題作の「羊歯行」は1966年、第1回双葉推理賞を受賞したデビュー作である。プロバビリティーの犯罪を扱った作品だが、その瑞々しさは今でも十分に通用する。

「乱蝶」は、受刑囚の手記を伏線に、主人公の隠された秘密が浮かび上がってくる構成が素晴らしい。刑務所の描写が詳細だが、作者は自ら取材を行っている。

「カラーテレビ殺人事件」は、焼死事件に隠された意外な人間の行動という点が興味深い。なるほど、確かにこういうことが起きれば、この人物はこういう行動を取るはずだ。それを読者に納得させるのも、作者の腕一つで決まるのである。

「キタタキ絶滅」は自然によって人間の愚かさを浮かび上がらせた作品。「鬼哭」は寺田屋事件の後日譚を扱った異色の作品。

「傍観者」は、実際に起きた「船に乗っていた客が、船が沈んで溺れかけた海面の人間にシャッターを切った」事件を題材としている。周囲が議論するのは簡単だが、その当事者がどう思っただろうか。重い問いかけを投げた作品でもある。

いずれも綿密な取材による描写と、事件にいたるまでの人の心を描いた傑作がそろった短編集である。