平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ジョン・ガードナー『マエストロ』上下(創元推理文庫)

マエストロ〈上〉 (創元推理文庫)

マエストロ〈上〉 (創元推理文庫)

マエストロ〈下〉 (創元推理文庫)

マエストロ〈下〉 (創元推理文庫)

エストロ・ルイス・パッサウ。世界屈指のオーケストラ指揮者でありながら、ナチやKGBとの関係が噂される謎めいた人物。そんな彼が狙撃されたのは、九十歳の誕生日コンサート終了直後のことだった。FBIの事情聴取を受けるため、移動用の車に乗りこもうとした一瞬の隙をつかれたのだ。だがそばにいた男がマエストロの命を救ったのだ。英国秘密情報部を引退したはずの、ビッグ・ハービー・クルーガーだ。しかも彼は指揮者を誘拐し、とある隠れ家に連れこんでしまう。身柄の保護を交換条件に、一切の過去を告白するよう迫るクルーガー。やがて、マエストロが静かに口を開いた……(上巻粗筋紹介より引用)

生れ故郷のオーストリア、一家で移住したニューヨーク、ギャング抗争のさなかに過ごしたシカゴ、そしてハリウッド――生い立ちから始まり、自らの生涯を振り返るマエストロの話は、あたかもアラビアン・ナイトのごとく続いてゆく。それも言を左右にし、老獪に確信をぼかしながら。この老人の正体をつかまねばならない。熾烈な心理戦の末、クルーガーの前にあぶりだされる大物スパイのいまひとつの人生。いつしかそれは、合わせ鏡のようにクルーガー自身の過去をも映しだしていった……。両雄の対決の果て、ついに明らかにされたマエストロ衝撃の真実とは!? 著者渾身の大作登場!(下巻粗筋紹介より引用)

1993年発表、1995年翻訳。



新007シリーズ(当時)の作者としても有名なジョン・ガードナーの大作。1979年から書かれた『裏切りのノストラダムス』、『ベルリン 二つの貌』、『沈黙の犬たち』でいったん完結したクルーガーシリーズの続編。上巻651ページ、下巻634ページという厚さである。例によって今頃読むか、な一冊、いや二冊である。

作品のほとんどは、マエストロとまで呼ばれる世界屈指の指揮者、ルイス・パッサウの独白で占める。生を受けてから、今に至るまでの、波乱と屈辱と、そして栄光の一代叙事詩。そしてその裏に隠されたもう一つの素顔。スパイとしての歴史は、いつしかクルーガーの過去と交差する。まさに大作という名に相応しい重厚さ、スケールの大きさである。一人の英雄の人生を丹念に書いているため、費やされる言葉は多くなるばかりだが、それでもこの長さの作品を読ませてしまう筆力は素晴らしい。さらに物語のアクセントとして描かれるクラシック音楽が、まるでBGMであるかのようにページを繰る手を動かす。

アル・カポネなどの実在人物、第二次世界大戦から冷戦、そしてソビエト崩壊に至るまでの歴史の流れ。史実と虚構が巧みに混ざり合い、さらにマエストロの女性遍歴に登場する美女たちが物語を彩る。様々な要素がブレンドされるばかりでなく、元大物スパイであるクルーガーの過去までが照らし出される。様々な人生が織りなす物語の結末は、まさに「神のみぞ知る」ところだが、当然ガードナーは全てを計算していたのだろう。

時間があるときに最初から最後まで一気に読んでもらうことが相応しい作品。読み終わって後悔していることは、クルーガーシリーズを先に読んでいなかったことである。