平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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帚木蓬生『賞の柩』(新潮文庫)

賞の柩 (新潮文庫)

賞の柩 (新潮文庫)

199X年度「ノーベル賞」には微かな腐臭がした―イギリス医学界の重鎮が受賞した「医学・生理学賞」の周辺に不自然な死が多すぎるのだ。故あって、恩師の死因を探っていた青年医師・津田は、賞を巡る"論文剽窃"の疑惑と"見えざる凶器"の存在を知る。しかし真相を握る医学研究者は重度のアルコール依存症に陥っており…。現役医師にして山本賞作家が放つ、傑作サスペンス。(粗筋紹介より引用)

1990年、第3回日本推理サスペンス大賞佳作受賞。同年、新潮社より単行本で発売。1996年、文庫化。



ノーベル賞を巡る闇と、研究者たちの栄光と苦悩を背景にした医学サスペンス。疑惑の背景そのものや真相も面白いが、津田と恩師清原の娘・紀子との交流、清原と紀子ならびに英国研究者とその母親といった親子の愛情、医学研究者の家族の愛情、さらには紀子自身の成長の記録、ブダペスト、パリ、バルセロナの風景描写や料理等、楽しめる要素満載である。ここまで書くとサービス精神旺盛すぎるのではないかと思われがちだが、筆致そのものはさらっとしており、少なくとも後の帚木蓬生作品とは違って簡潔に書かれているから、読む方もすんなりと入ってくるし、疑惑を追う流れを損なうものでもない。

専門となる筋肉繊維の話が難しいといえば難しいが、簡潔にまとめられているし、本筋にはそれほど影響しないこと(剽窃の事実が分かれば問題が無い)から、全てを理解しなくてもそれほど問題とはならない。"疑惑"の正体は説明されれば誰でも分かるシンプルものであり、一応投稿論文を出したことのある私にとっては思わず手を打ってしまいたくなるものであった。

第3回日本推理サスペンス大賞の佳作であるが、このときの大賞は高村薫『黄金を抱いて飛べ』。どっちが面白いかと聞かれたら、素直にこっちと言いたくなるな。少なくともエンタテイメントという点ではこちらの方がずっと上。たしかこのミスで、「同時受賞にすると二人に賞金を出さなくてはならないから佳作にした」と勘繰られていたが、そう思われても仕方がないほどの出来。元々プロ作家であったことと、大賞にするとドラマ化で海外ロケをしなくてはならないから製作費が跳ね上がってしまうため、佳作にとどめたんじゃないかというのが私の推理だがどうだろうか。