平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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野口文雄『手塚治虫の『新宝島』 その伝説と真実』(小学館)

手塚治虫の「新宝島」その伝説と真実

手塚治虫の「新宝島」その伝説と真実

旧来の漫画の常識、構成、画風に対する、手塚の習作長編の映画的手法、アニメのコマ送り的な破天荒な描法、荒々しいタッチからディズニーふうに完成しかけた絵、そのせめぎあいに、手塚は苦闘した。――『新宝島』の功績は誰に帰すべきものなのか、真実は謎のままだが、最後にこれだけは判然としている。『新宝島』に驚嘆した人たちはその後も手塚を追い続け、酒井は『新宝島』との係わりにおいてのみ、その名を残した。(本書より)

2002年に『手塚治虫の奇妙な資料』という労作を書いた、手塚治虫資料研究者の第一人者である作者が、40年の研究成果の全てを注いだ、注目の書!(一部帯より引用)



原案構成酒井七馬、作画手塚治虫として、育英出版株式会社から出版された『新宝島』は、「漫画の神様」手塚治虫の単行本デビュー作であり、その斬新な手法と構成によって今までの漫画を大きく変えることとなった歴史的作品である。そして藤子不二雄石森章太郎赤塚不二夫(全部当時の名前)など後に大家となる漫画家をはじめ数多くの読者の道標ともなった作品でもある。

しかし、原案である酒井七馬手塚治虫との役割分担はどうだったのかなどといった、肝心な部分においては隠されたままになっている。手塚治虫本人は色々と語っているが、それに対して疑問を投げかけたのが、中野晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(筑摩書房)であり、本書はそれに対する反論書にもなっている。

すでに酒井も手塚も亡くなっており、中野も本書も手塚死後に書かれた作品であるから、どれが答えかというものはなかなか見つからない。読者は両方を読んで判断するしかないのだ。

本書は、当時の描き版(漫画家が描いた作品をトレースして出版する方法。当時としては当たり前だった)と残された原稿等を比較し、『新宝島』の謎に迫るとともに、当時の手塚がいかに革新的だったかを探る研究書である。ただ、問題は肝心の野口の文章がわかりづらい。何を言いたいのか、わからない部分が結構多いのだ。そのため、この研究書が中途半端な形で終わってしまっており、とても残念である。

資料そのものとしては第一級品だろう。当時の未発表原稿や、あまり残されていない描き版時代の原稿に色のきれいな表紙など、手塚ファンなら喜びそうなものがこれでもかとばかりに並んでいる。そういう方面が好きな方には、まさにお薦めである。でもどうせなら、当時の手塚作品そのものを、当時の形で復刻してくれた方が嬉しいけれどね。手塚全集自体は素晴らしい業績だと思うけれど、貸本時代の装丁で復刻をしてほしいものである。ついでに足塚の『最後の世界大戦』も。