平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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石持浅海『君の望む死に方』(祥伝社 ノンノベル)

君の望む死に方 (ノン・ノベル)

君の望む死に方 (ノン・ノベル)

膵臓ガンで余命6ヶ月――。

(生きているうちにしかできないことは何か)

死を告知されたソル電機の創業社長日向貞則は社員の梶間晴征に、自分を殺させる最期を選んだ。

彼には自分を殺す動機がある。

殺人を遂行させた後、殺人犯とさせない形で――。

幹部候補を対象にした、保養所での“お見合い研修”に梶間以下、4人の若手社員を召集。

日向の思惑通り、舞台と仕掛けは整った。

あとは、梶間が動いてくれるのを待つだけだった。

だが、ゲストとして招いた一人の女性の出現が、「計画」に微妙な齟齬をきたしはじめた……。(粗筋紹介より引用)

2008年、書き下ろし。



<著者のことば>にある通り、事件が「起きるまで」を丁寧に書いた話。

日向には殺される理由があり、梶間に殺されたいと思って準備する。

梶間は殺す理由があり、日向を殺そうと思ってチャンスを窺う。

意志疎通がなくとも、被害者と加害者の思惑が一致していれば、殺人なんて簡単に起きるだろうし、完全犯罪も難しいことではない。

しかしゲストとして登場する女性の何気ない言動が、少しずつ歯車を狂わせていく。その女性の名は、碓氷優佳。『扉は閉ざされたまま』に出てきたヒロインである。

彼女の考え方は、論理的推理というよりは、まず発想ありきのものであり、あとは正しいかどうかを周囲の状況から組み立てていくものである。一見突飛なように思えるが、やや露骨とはいえ昔からある手法であり、特に珍しいものでもない。確かに発想はぶっ飛んでいるところがあるが、そこから先の組み立て方は、本格ミステリファンを満足させてくれるもの。もっとも、読者には解きようがないものであるが。

その“推理”は最後に明かされるため、登場人物や読者は、優佳が何を考えているのかさっぱりわからない。この研修中における優佳のコントロールぶりが実に面白い。

日向や梶間だけではなく、研修に参加するメンバーや、ゲストとして参加する日向の甥・安東章吾(こちらも『扉は閉ざされたまま』の登場人物)と婚約者の真理子といった登場人物のキャラクター造形も、なかなか考えて配置されたものである。真意を隠したままの研修や、ソル電機という会社の成長の歴史など、舞台についてもきっちりと練られており、事件とはあまり関係のない部分でも十分楽しい。

日向と梶間がまず殺人を第一前提に置いてしまうという短絡思考がちょっと気に入らないが、作者としては会心の仕上がりではないだろうか。今年の当たりをようやく引いた気がする。

『扉は閉ざされたまま』に出てきた優佳、安東が出てくるものの、特に前作とのつながりはないので、前作を読んでいない人でも気にすることはない。ただ、ちょっとにやっとする所はあるので、できれば前作を読んでからにしてほしい。それに前作も、十分読者を満足させるものだろうし。