平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

有栖川有栖『乱鴉の島』(新潮社)

乱鴉の島

乱鴉の島

友人の作家・有栖川有栖と休養に出かけた臨床犯罪学者・火村英生は、手違いから目的地とは違う島に連れてこられてしまう。通称・烏島と呼ばれるそこは、その名の通り、数多の烏が乱舞する絶海の孤島だった。集まる来る人々。癖のある住人。奇怪な殺人事件。精緻なロジックの導き出す、エレガントかつアクロバティックな結末。(紹介文より引用)

火村シリーズ4年ぶりの新作長編で、初の孤島もの。電子書籍配信サイト「TIMEBOOK TOWN」で2005年5月〜2006年4月にかけて連載したものを加筆・訂正。



本格ミステリ・ベスト」で第1位を取ったので、読んでみることにした。

烏が乱れ飛ぶ絶海の孤島に集まる人々。伝説の詩人であり英米文学者でもある老人と、彼を慕う人々。さらに、ある目的のためにヘリコプターで押し掛けてきた若き辣腕起業家。閉ざされた島で起きる殺人事件。うーん、これだけの舞台設定に一癖も二癖もある登場人物が出てくれば、絶対に面白くなりそうなのに、読み終わった後に感じるぎくしゃく感、違和感は何だろう。

よくある孤島もののような、派手なトリックや舞台、奇抜な仕掛けは存在しない。それでも、孤島に集まった「理由」は充分意外性のあるものだったし、ある一点から火村が最後に犯人を突き止める推理も昔のクイーンを思い出す鮮やかさがある。それなのに、それなのに、このもどかしさは一体なんだろう。一部では世俗的な動機が問題ではないかという意見もあるが、最後になって明かされる動機をこの全体的なぎくしゃく感の全ての原因とみるのは難しい。

 先に読んでいた同居人がうまいことを言っていた。「火村シリーズでなければ、もっと面白いのに」。この一言が全ての答えではないだろうか。この作品、火村が出てきてはいけなかったのだ。彼は孤島における招かれざる客であると同時に、この作品においても招かれざる客だったのだ。もしこの事件の謎を解いたのが別の人物だったら、もっと面白くなっていたと確信する。

有栖川有栖は、本格ミステリ作家としてとてもうまい作家だと思う。文章が、というわけじゃなくて、わかりやすい本格ミステリを書くという意味でだが。彼は火村シリーズで多くのファンを獲得することに成功したが、逆に一部のマニアからは遠ざけられるようになった。火村という存在は、あまりにも使い勝手がよすぎる。そろそろ、江神を復活させるべきではないか。