平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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鏑木蓮『東京ダモイ』(講談社)

東京ダモイ

東京ダモイ

2005年11月6日、舞鶴港の喜多埠頭で女性の水死体が上がった。遺体の身元は、ロシア国籍でイルクーツクからの観光客、マリア・アリョーヒナ(83)であった。そして身元保証人であり同行していた東京都世田谷区の内科医鴻山秀樹(35)が行方不明となる。そして新聞記事を見て駆け付けてきた老人、高津耕介(76)もまた行方不明になる。高津は元陸軍兵であり、戦後はシベリアへ強制連行され、過酷な労働を強いられてきた。そしてマリアは当時、唯一日本兵へ優しくしてくれた看護婦であった。

事件前、高津の依頼で原稿を自費出版することになっていた薫風堂出版の槇野英治は、残された原稿を読んで高津のことに興味を持ち、事件の謎を追うとともにさらに原稿を読みすすめることにした。その原稿には、シベリアにおける日本兵の苦闘と悲劇が書かれていると同時に、そこで起きた不可解な殺人事件が記されていた。東京への帰還、東京ダモイを果たした男が訴えたかったことは何だったのか。

第52回江戸川乱歩賞受賞作。



帯に「風化する歴史の記憶を照射し、日本人の魂をゆさぶる感動作!」と書かれてあった時点で、大きな期待をするのはやめたのだが、読み終わってその直感が正しいことを知った。現在の殺人事件と過去の殺人事件が存在するという手法は、過去の乱歩章ではお馴染みの構成。過去と未来をつなぐアイテムに、今自費出版されるはずだった句集を用いるという趣向は、過去と現実を乖離させることなくつなぐことができたという点において、それなりに成功している。ただ、シベリア抑留のシーンは参考文献以上のものが見出せなかったことは残念である。満州への一般人置き去りと同様、シベリア抑留という教科書では語られない政府の無策ぶりや軍部高官の非常さ・狡猾さなど闇に葬りたい歴史を扱ったことは、当時の悲惨な戦争が美化されつつあるこの時代にはなかなかタイムリーな話題であるが、もう一つシベリアという題材を扱った何かを事件に付加させることができれば、「読者の知らない知識を中核に盛り込んだミステリ」の枠を破ることができたのではないだろうか。まあ、過去に短編がいくつか掲載されたことがあるとはいえ、新人にそこまでのものを要求するのは少々酷か。

主人公である槇野やその上司である朝倉晶子、そして勤めている出版社などはよく描けているのだが、もう一方の謎解き手である警察のほうの描写は描き分けができておらずお粗末。そのため、事件の捜査や謎解きが間延びしてしまっている。文章力が安定しているだけに、もう一歩の努力を求めたい。

事件そのものは、トリックと動機に無理が見られるとだけいっておく。

それなりの実力で、題材もまあまあだから、努力を続ければそれなりの作家にはなるだろう。努力次第ではベストセラー作家になれる、そんな資質を感じた。ただ、相当の努力が必要だろうが。