平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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夏樹静子『蒸発 ある愛の終わり』(角川文庫)

蒸発―ある愛の終わり (角川文庫)

蒸発―ある愛の終わり (角川文庫)



蒸発――それは不毛の現代人が抱くほのかな憧憬と、現実からのがれるための満たされぬ自己主張だろうか。その果てに広がる未知なる人生を求めて。――

順調に飛行していたボーイング機から、人妻、美那子が煙のように消失した。密室状態の旅客機の中からなぜ! 愛人関係にある新聞記者、冬木は失踪の謎を追って彼女の郷里に向かった。が、そこで待ち受けていたのは、美那子をかつて愛していた男の蒸発と、続いて起こった殺人事件だった。

<なぜ失踪しなければならなかったのか>冬木の疑惑は深まっていく……。

現代人の愛を、叙情豊かに描いた長編推理の傑作。日本推理作家協会賞受賞作。(粗筋紹介より引用)。

1973年、第28回日本推理作家協会賞受賞作。書き下ろしによる、夏樹静子初期の代表長編作。



カッパノベルスでも読んでいるし、双葉の協会賞受賞作全集でも読んでいる。それなのに、冒頭のボーイング機から美那子が消失する場面を除き、ストーリーを全く覚えていなかった。これはショックだったな。

昭和40年代後半からの、新しい長編推理小説の形。伝統的な謎解きの形を取りながらも、登場人物の心情を深く掘り下げていく。昭和20年代主流の謎解きと、昭和30年代主流の社会派。その双方の持ち味をミックスさせて、長編推理小説の新しい形を作っていったのは、夏樹静子と森村誠一だったといえる。

本書でも、謎解きの魅力は十分に語られている。冒頭から登場する消失トリック。そして二つのアリバイ・トリック。いずれも魅力的な謎である。ただそこにあるのが、「論理的な推理による解決」ではなく、「足で歩いた捜査による解決」であるのが、本格ミステリファンには受け入れられにくいところではないだろうか。

この頃流行った蒸発というキーワードを中心に、幾つかの愛のかたちを登場させていく。やはりこの女性心理の巧みな描写が、この人の持ち味だろう。そして、推理の要素を絡ませていくことにより、一つの作品を生みだしていく。

本書は一部登場人物の行動に無理があること、冬木の妻がほとんど登場しないことなど不満な点もあるのだが、夏樹静子本来のテーマである、女性を主軸としたサスペンスの原点ともいえる作品である。夏樹静子の本格的なスタートは、この作品にあるだろう。