平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

わかつきめぐみ『古道具よろず屋日乗』(花とゆめコミックススペシャル)

 何かが憑いてるわけアリの品を預かり、憑き物が落ちたら持ち主に返す。そんな不思議な古道具屋さんがありました。今日も新米主人の冬耶は、先代からの女中のトメにどやされながら、預かり物の「わけ」を知ろうと苦戦しているようで…。(帯より引用)
 『花ゆめAi』掲載の五編に書下ろし最終話を加え、2024年2月刊行。

 わかつきめぐみの最新作は、『わかつきめぐみ迷宮探訪』(白泉社 Treasure Album)に掲載された新作『古道具よろず屋日乗』の続編。ただ、本書の中ではこの点について全く触れられていない。もちろん本作から読んでもわかるようにはなっているけれど、まずは前作を読まないと関係性が今一つなのだから、せめて粗筋とかで触れた方がよかったんじゃないの、出版者様。
 私としては、頼りない二代目当主の冬耶と、口はきついが心は優しくて働き者の女中トメの関係性が好きだったので、是非とも続けてほしいのだが、もう「最終話」なんて書かれていると厳しそうだなあ。読切の方に出てきた登場人物はほとんど出てこなかったし、まだまだ話が広げられそうなのにと思うと、何とも残念。
 それと「後書」が怖い。もともとパソコンや携帯電話も持っていないアナログな作者が、今まで使っていたカラーインクや用紙、スクリーントーン、さらには丸ペンまで無くなったと嘆いているのは時代なんだろうな、と思う程度だった。だが、「お払い箱になる日も、早晩やってくると思われまする。紙の本が出るのもこれが最後かもなあ。皆さま、今までお世話になりましてありがとうございました、と今のうちに書いとこう」なんて怖いこと書かないで下さいよ。まだまだ読者は待っているんですから。出版者様もお願いします。まだまだわかつきめぐみの新作を読みたいんです。

京極夏彦『鵼の碑』(講談社ノベルス)

 殺人の記憶を持つ娘に惑わされる作家。消えた三つの他殺体を追う刑事。妖光に翻弄される学僧。失踪者を追い求める探偵。そして見え隠れする公安の影。発掘された古文書の鑑定に駆り出された古書肆は、縺れ合いキメラのごとき様相を示す“化け物の幽霊”を祓えるか。シリーズ最新作。(粗筋紹介より引用)
 2023年9月、書下ろし刊行。

 『邪魅の雫』以来17年ぶりとなる「百鬼夜行」シリーズ。というか、そういうシリーズ名だったんだ、これ。
 「鵼」の章で始まり、関口巽・久住加壽夫パートの「蛇」、益田龍一・御厨冨美パートの「虎」、木場修太郎パートの「貍」、中禅寺秋彦・築山公宣パートの「猨」、緑川佳乃パートの「鵺」に分かれて細かく切り替わりながら、それぞれの動きが他の動きに絡み合いつつ、事件の結末「鵼」の章に向かっていく。
 829ページもある作品ではあるが、想像したよりは読みにくくない。なんか、変な表現だな。まあ、本の厚さに比べれば読み易いと言ってしまってもいいだろう。ただ、この登場人物って誰だったっけ? というぐらい覚えていない人が多い。作中で言及される過去の事件も、思い出せないものが多い。それぐらい、時の経過って残酷だね。いや、自分の記憶力の減退ぶりを嘆くべきか。
 ただ、結末まで読んでも、今までのシリーズ作品のような強烈さが何もない。一応憑き物落としはあるけれど、読者にまで纏わりつく憑き物が全くないので、呆気なさしか残らない。結局、久しぶりのシリーズで今までの主要登場人物が出てきて動き回るだけの、キャラクター小説止まりというのが腹立たしい。
 「百鬼夜行」シリーズのファンなら楽しんだろうなあ、とは思ってしまう。別にファンではないので、「ああ読み終わった」程度の感想しか出てこない。これだけの厚さの本を、手首を捻挫させずに読み終えた、ということだけは誇ろう。次の『幽谷響(やまびこ)の家』は10年後くらいですかね。

ジェフリー・ディーヴァー『石の猿』上下(文春文庫)

 中国の密航船が沈没、10人の密航者がニューヨークへ上陸した。同船に乗り込んでいた国際手配中の犯罪組織の大物“ゴースト”は、自分の顔を知った密航者たちの抹殺を開始した。科学捜査の天才ライムが後を追うが、ゴーストの正体はまったく不明、逃げた密航者たちの居場所も不明だ――果たして冷血の殺戮は止められるのか。(上巻粗筋紹介より引用)
 冷酷無比の殺人者“ゴースト”は狡猾な罠をしかけ、密航者たちのみならずライムの仲間の命をも狙う。愛する者たちを守るには、やつに立ち向かうしかない。真摯に敵を追う中国人刑事ソニーの協力も得、ライムはついにゴーストの残した微細証拠物件を発見する――見えざる霧のような殺人者は何者なのか? 大人気シリーズ第4弾。(下巻粗筋紹介より引用)
 2001年発表。2003年5月、文藝春秋より邦訳単行本刊行。2007年11月、文庫化。

 リンカーン・ライムシリーズ第4作目。タイトルの「石の猿」とは孫悟空のこと。
 今回の相手は国際手配中の蛇頭の大物“ゴースト”。共産主義国家であり、西洋とは考え方の違う中国人が相手ということもあり、さすがのライムも戸惑うところがあるのは面白い。
 ただゴーストの正体、所々生じる違和感、どんでん返しの連続といったあたりは、ディーヴァー流と言ってしまえばそれまでだが、パターン化されているのも事実。こういう作風に新味を求めるのは難しいが、読者の想像以上の物を求めてしまうのは悲しい性なのかもしれない。まあ本作で言えば、当時アメリカではあまり知られていなかった蛇頭を持ってきたあたりが新しい試みなのだろうが、日本人が読むとさして違和感がないので、やや肩透かしにあった気分になったのかもしれない。
 とはいえ、高いレベルでの希望を書いてはいるものの、ディーヴァーの標準作とは十分に言えるだろうし、読んでいる間は面白いのも確か。この次も読んでしまうだろう、という巧さはさすがとしか言いようがない。

芦辺拓『三百年の謎匣』(角川文庫)

 億万長者の老人が森江法律事務所へ遺言書作成の相談に訪れた帰途、密室状態の袋小路で殺害された。遺されたのは世界に一冊の奇書と莫大な遺産。森江春策がその本をひもとくと、多彩な物語が記されていた。東方綺譚、海洋活劇、革命秘話、秘境探検、ウェスタン、航空推理――そして、数々の殺人事件。物語が世界を縦横無尽に飛びまわり、重大な秘密へと誘う。全てのピースが嵌まる快感がたまらない博覧強記の本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2003~2005年、『ミステリマガジン』に不定期掲載。2005年4月、早川書房 ハヤカワ・ミステリワールドより単行本刊行。2013年9月、角川文庫化。

 森江春策がひもといた物語は、東方綺譚「新ヴェニス夜話」、海洋活劇「海賊船シー・サーベント号」、革命秘話「北京とパリにおけるメスメル博士とガルヴァーニ教授の療法」、秘境探検「マウンザ人外境」、ウェスタン「ホークスヴィルの決闘」、航空推理「死は飛行船(ツエツペリン)に乗って」の六編。年代も1709年から1937年と幅広い。芦辺らしい博覧強記な部分もしっかりとある。この謎の本の物語はいずれも短編であり、テンポよく進むので読み易い。しかし所々で首をひねる箇所があり、気にしつつ読んでいると最後に全ての謎が解ける。構成としては悪くない。
 ただ、現在の事件の方が非常に物足りない。雪の密室殺人にはなっているが、その謎ときは拍子抜けだし、そもそも事件を推理する間もなく解決してしまう。これは勿体ないと思った。だいたい“三百年の謎匣”なんてもったいぶる割に、こんなあっさりと終っていいのか。密室殺人なんてなかった方がよかったんじゃないだろうか。その方が謎匣にふさわしい現代パートの事件を創造できたんじゃないかと思ってしまう。
 だいたいこの手の作品って、現代パートが今一つなことが多い。もうちょっとボリュームをつけて考えてほしかったと思う。