平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

レオ・ブルース『レオ・ブルース短編全集』(扶桑社ミステリー文庫)

 本格黄金期を代表する推理小説作家レオ・ブルースの全短編をここに収録。パーティーの夜に起きた秘書殺しの謎をビーフ巡査部長が快刀乱麻の名推理で解決する「ビーフのクリスマス」、遺産相続をめぐる練り上げられた策謀を暴く「逆向きの殺人」など、短い紙幅に「魅力的な謎の呈示」と「合理的解決」という本格の醍醐味が凝縮された珠玉の短編全40編。図書館で発掘された未刊のタイプ原稿から直接邦訳した11編(内、世界初紹介9編)と発見者による解説を含む、ファン垂涎の真の「完全版」の登場!(粗筋紹介より引用)
 1992年にレオ・ブルース愛好家のバリー・A・バイクが、当時判明していた全短編を集めてアメリカで刊行した"Murder in Miniature: The Short Stories of Leo Bruce"に収録された28編と、発掘された1編、未刊のタイプ原稿から邦訳した11編(内、世界初紹介9編)を収録し、2022年5月、邦訳刊行。

 

 少々ややこしいが、「手がかりはからしの中」「休暇中の仕事」「棚から落ちてきた死体」「医師の妻」「ビーフと蜘蛛」「死への召喚状」「鶏が先か卵が先か」「犯行現場にて」「鈍器」「それはわたし、と雀が言った」「一枚の紙片」「手紙」「一杯のシェリー酒」「犯行現場」「逆向きの殺人」「タクシーの女」「九時五十五分」「単数あるいは複数の人物」「具合の悪い時」「カプセルの箱」「盲目の目撃者」「亡妻の妹」「河畔の夜」「ルーファス――そして殺人犯」「沼沢地の鬼火」「強い酒」「跡形もなく」「捜査ファイルの事件」の28編は1950年~1956年に雑誌他に掲載され、1992年に発表順にまとめられて刊行された短編集からの翻訳。「インヴァネスのケープ」は1952年に雑誌に掲載された短編の発掘。「ビーフのクリスマス」「死後硬直」「ありきたりな殺人」「ガスの臭い」「檻の中で」「ご存じの犯人」「悪魔の名前」「自然死」「殺人の話」「われわれは愉快ではない」「書斎のドア」の11編は未刊のタイプ原稿として発掘されたもの。そのうち「ビーフのクリスマス」は2015年に、「死後硬直」は2021年に収録されたので、世界初紹介は9編となる。
 このうち、ビーフ巡査部長が登場するのは「手がかりはからしの中」「休暇中の仕事」「棚から落ちてきた死体」「医師の妻」「ビーフと蜘蛛」「死への召喚状」「鶏が先か卵が先か」「鈍器」「それはわたし、と雀が言った」「一枚の紙片」「ビーフのクリスマス」「インヴァネスのケープ」「死後硬直」「ありきたりな殺人」の計14編。グリーブ巡査部長が登場するのは「逆向きの殺人」「タクシーの女」「単数あるいは複数の人物」「盲目の目撃者」「沼沢地の鬼火」「強い酒」「跡形もなく」「捜査ファイルの事件」「ガスの臭い」「檻の中で」「ご存じの犯人」の計11編である。
 なお「ありきたりな殺人」は、「捜査ファイルの事件」のグリーブをビーフに替えた作品である。どちらが先だったのか、気になるところである。
 1編あたりが10ページ足らずの作品がほとんど。犯人のミスやトリックをビーフやグリーブが見つける内容となっており、読んでいてクロフツの短編を思い起こした。気軽に読める推理パズルみたいな作品となっており、仕事や家事の合間で手に取るには最適だろう。時々皮肉が混じるのもらしさというべきか。奇妙な味の短編が含まれているので、こちらも楽しめる。
 ファン以外は読まないような作品集かもしれないが、ファンにはたまらないだろう。これだけ熱烈なファンがいること自体が、幸せな作家だったのだと思う。そして、本にまとめられるぐらいの面白さがあることも。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/star.html
お笑いスター誕生!!」新規情報を追加。

笑パーティーのコントです。

いっこく堂がお笑いスタ誕のオーディションを受けていたことをインタビュー記事で知りましたので、オーディションを受けた人のリストに追記しました。

葉真中顕『凍てつく太陽』(幻冬舎)

 昭和二十年――終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密「カンナカムイ」をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は、「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わることになるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されてゆく。陰謀渦巻く北の大地で、八尋は特高刑事としての「己の使命」を全うできるのか――。民族とは何か、国家とは何か、人間とは何か。魂に突き刺さる、骨太のエンターテイメント!(帯より引用)

 『小説幻冬』Vol.1~16連載。加筆修正のうえ、2018年8月、単行本刊行。

 

 舞台は終戦直前の北海道。主人公はアイヌ出身で北海道庁警察部の特別高等課内鮮係に配属されている特高刑事、日崎八尋巡査。その名の通り、内地にいる朝鮮人の監視と取り締まりを行っている。序章では室蘭市の軍需工場で、朝鮮半島出身を集めた伊藤組に人夫として潜入し、以前飯場から抜け出して捕まり、拷問にも口を割らないまま死んだ朝鮮人人夫の逃亡ルートを探る。
 序章から本筋である軍需工場関係者の連続毒殺事件への繋がりが実に巧い。陸軍の軍事機密「カンナカムイ」とは何か、そして連続毒殺犯「スルク」とは誰かという点についても引っ張り方が巧い。さらに事件の謎だけではなく、特高という存在、アイヌや朝鮮といった民族、軍部や戦争、そして大日本帝国という存在など様々な問題をエンターテイメントの中に織り込ませる技術が非常に巧い。巧いだけではなく、面白い。スリリングな展開に、よくぞこれだけの内容を盛り込めたものだと感心した。
 軍需工場から逃亡しようとして八尋に捕まる朝鮮半島出身の宮田こと呂永春。元警察練習所の教官であった室蘭署刑事課の主任刑事である能代慎平警部補。八尋のことを土人と呼んで差別する、拷問王の異名を持つ三影美智雄警部補。八尋だけではなく、主要登場人物の背景もしっかりと書き込み、それが隅々まで伏線につながっているところも見事である。
 網走刑務所から白鳥由栄が脱獄した事件、アメリカの原子爆弾開発などのエピソードなども盛り込み、アイヌ民族朝鮮民族に対する差別の歴史も加え、骨太かつ壮大な物語が完成した。最後の連続殺人事件の謎解きと、その後のスリリングな展開も見逃せない。
 ここまで凄い作品だとは思わなかった。一気読み確実の傑作だった。

床品美帆『431秒後の殺人 京都辻占探偵六角』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 写真を撮る楽しみを教えてくれた、松原京介の不可解な死。離婚話で揉めていた彼の妻は、関与が疑われたものの、死亡時刻にはタクシーに乗っていた。どこをどう見ても、不運な事故としか考えられない状況だったが――恩人の死をその妻の仕業と確信した駆け出しカメラマンの安見直行は、祖母の助言によって六角法衣店を訪れる。店の主は代々京の辻や橋に立ち、道のさざめきから信託を受け、失せ物を見つけ出すことができるというのだ。
 直行は恩人の死亡事故を他殺と証明する証拠を探して欲しいと依頼するが、若くて不愛想な店主・六角聡明からは、けんもほろろに断られてしまう。だが、直行の撮った一枚の写真がきっかけで、六角は事件の証拠探しに協力を依頼する。
 現代のガジェットによって構成された不可能犯罪を、緻密な論証で見事に解き明かす表題作ほか全五編を収録。第十六回ミステリーズ!新人賞受賞者による出色のデビュー連作集。(粗筋紹介より引用)
 『紙魚の手帖Vol.2』(2021年12月)に掲載された表題作に書下ろし4編を加え、2022年4月、刊行。

 

 ビルの屋上で使われていたコンクリートブロックが頭の上に落ちてきて、写真館店主が死亡。不倫で離婚話が持ち上がっていた妻はタクシーに乗っていた。「第一話 431秒後の殺人」。
 人気のカプセルホテルで、襖の武将の眼が動くという噂が。大学のオカルト研究サークルの同窓生男女4人のうちの1人が、ベッドで殺された。ただその時間は、同窓生の2人と直行がすぐそばでおしゃべりをしていた。「第二話 睨み目の穴蔵の殺人」。
 夜の映画館で上映中、客の一人が殺された。しかし客はわずか数名で、誰も殺された客のそばには近寄らなかった。「第三話 眠れる映画館の殺人」。
 祟られていると騒いでいたDJがクラブでライブ中、スモークの中で襲われて重体となった。しかし犯人はどこにも見当たらない。「第四話 照明されない白刃の殺人」。
 六角法衣店が差し押さえにあった。14年前に入院先から失踪した聡明の母親が、失踪3年後に連帯保証人となっていたからだという。盲腸で入院した聡明が、母が失踪した部屋で謎を解く。「第五話 立ち消える死者の殺人」。

 

 作者は1987年生まれ。同志社大卒。2017年に「赤羽猫の怪」で第15回北区内田康夫ミステリー文学賞区長賞受賞。2018年、『レッドカサブランカ』で第28回鮎川哲也賞最終候補。同年、「ROKKAKU」で第15回ミステリーズ!新人賞最終候補。2019年、「ツマビラカ~保健室の不思議な先生~」(改題「二万人の目撃者」)で第16回ミステリーズ!新人賞受賞。本書はデビュー作。
 表題作の「431秒後の殺人」は、「ROKKAKU」を改題したもの。作者が思い入れがあったということで、こちらを先に連作短編として刊行したという。
 探偵役は六角法衣店の店主であり、失せ物探しの占いがよく当たるという六角聡明。ワトソン役は売れないカメラマンの安見直行。もっとも辻占の設定は最初だけしか関わらない。もう少し辻占の設定を生かせばよかったのにと思ってしまう。お人好しの直行が、聡明を引っ張り出すというパターンの連作だが、最後は聡明の母親の失踪事件に挑む話であり、いかにもといった感じの連作短編集には仕上がっている。いずれもハウダニットの謎解きであり、物理的なトリックが主体となっている。
 第一話は、あまりにも偶然に頼りすぎ。まあそれはまだ許せるが、犯人が捕まった証拠の方があまりにも杜撰すぎないか。ここまで見え見えの殺人方法も珍しい。実際に成功した殺人方法とのギャップがひどい。
 第二話は頭の中で情景を思い浮かべるのにちょっと時間がかかった。可もなく不可もなく。
 第三話は、トリックが大掛かりすぎ。これだけ物的証拠を残して、捕まらないはずがない。
 第四話はちょっと面白かった。他の事件と目的の事件をうまくつなげたとは思う。
 第五話は、まあうまく収まるところに収まった感じはある。偽造の部分はちょいとお粗末な気もするが。
 後半の方が面白く読めたかな。六角聡明という人物にもう少しキャラクター性を与えてほしかったと思う。殺人事件が続く連作集の割に、盛り上がりがちょっと乏しかったし、地味な展開で終わっているのも残念。長編には向かなさそうな探偵役だが、続編はあるだろうか。

レイフ・GW・ペーション『許されざる者』(創元推理文庫)

 国家犯罪捜査局の元凄腕長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソン。脳梗塞で倒れ、一命はとりとめたものの、右半身に麻痺が残る。そんな彼に主治医の女性が相談をもちかけた。牧師だった父が、懺悔で25年前の未解決事件の犯人について聞いていたというのだ。9歳の少女が暴行の上殺害された事件。だが、事件は時効になっていた。ラーシュは相棒だった元捜査官や介護士を手足に、、事件を調べ直す。犯人をみつけだし、報いを受けさせることはできるのか。スウェーデンミステリ界の重鎮による、CWA賞、ガラスの鍵賞など5冠に輝く究極の警察小説。(粗筋紹介より引用)
 2010年発表。同年、スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長編賞受賞。同年、 BMFプラークスウェーデン書店アシスタント協会が授与する文学賞)受賞。2011年、ガラスの鍵賞受賞。同年、パレ・ローゼンクランツ賞(デンマーク語で出版された年間最優秀犯罪小説に送られる賞)受賞。2017年、CWAインターナショナル・ダガー賞受賞。2018年2月、邦訳刊行。

 

 作者のレイフ・GW(Gustav Willy)・ペーションはスウェーデンの犯罪学者、小説家。犯罪学教授としてスウェーデン国家警察委員会の顧問を務めていた。犯罪事件のコメンテーターとして、テレビや新聞に定期的に出演していた。スウェーデンミステリ界の重鎮で、1978年に警察小説『グリスフェステン』でデビュー。ラーシュ・マッティン・ヨハンソンと、ストックホルム県警捜査課の捜査官であるポー・ヤーネブリングが事件の捜査にあたる。
 他に、25年前の未解決事件であるヤスミン事件の当時の捜査責任者であるエーヴェルト・ベックストレームは、チビでデブで怠け者で差別主義者という最低な男だが、なぜか事件を解決するという主人公として数冊のミステリに登場している。検察官として登場するアンナ・ホルトは、女性刑事として活躍するシリーズがある。公安警察局本部の局長補佐として登場するリサ・マッティも、シリーズの複数の作品に登場している。これらのシリーズは、テレビドラマや映画にもなっている。もしかしたら他のキャラクターも、過去作品に登場しているのかもしれない。
 本作は、長く続いたヨハンソンシリーズの最後の作品として、作者が生み出したシリーズキャラクターが総出演する話となっている。ここを知っているかどうかで、本書の印象はかなり変わってくるのではないだろうか。ただ私は解説を読むまで全く知らなかったが、それでも十分に楽しんで読むことができた。
 本書のテーマは、杉江松恋が解説の冒頭でも書いている通り、「時効が成立した事件の犯人を裁くことはできるのか」である。ヨハンソンが元相棒のヤーネブリングや彼を慕う部下、介護士のマディルダ、長兄から派遣されたロシア人の若者マキシム・マカロフ、妹婿で元公認会計士のアルフ・フルトなどの力を借り、25年前の未解決事件を追うのだが、思ったより簡単に犯人にたどり着くのはちょっと拍子抜け。この辺りは、当時の捜査責任者がエーヴェルト・ベックストレームという事実をよく知っている人ならあっさりと頷くところなのだろうか。
 ここから先の話は、個人的には不満の残るところもあるのだが、これもまた一つの道なのだろう。結構重い内容の仕上がりになっており、特に最後についてはいろいろと考えてしまった。
 結局本書は、作者の重要シリーズキャラクター引退作という位置付けの方が強い作品である。それは原題から見てもわかるだろう。読み終わってみるとちょっと長さを感じたが、読んでいる途中は丁寧なのにダレない書き方と魅力的な登場人物たちのせいか、全く気にならなかった。北欧ミステリ重鎮による力作。ただ、先にも書いたが、シリーズの最初から読んでみたかった気はする。そうすれば、登場人物たちの背景から感じ取る内容も、少しは変わったかもしれない。
 あとはお願いだが、5冠獲得というのなら、その5冠の内容をあとがきか解説かどこかで書こうよ。調べるの、面倒だったぞ。