平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

犯罪の世界を漂う

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「死刑確定囚リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。

高根沢智明死刑囚と小野川光紀死刑囚はともに再審請求中だったとのこと。だけど、犯行自体は認めているし、冤罪の可能性もない。何を争っているかわからないけれど、無理だろうと思う。

多岐川恭『変人島風物誌』(創元推理文庫)

《変人島風物誌》いまでは、このうちの五人が死んでいるのです――住人のひとりが語る、往時の記憶。瀬戸内海に浮かぶ、通称"変人島"に続発した事件を、フェアプレイに徹して各本格ミステリ。エキセントリックな住人ばかりの小島に起こった三つの事件……さて、犯人は?
《私の愛した悪党》さらわれた後、行方知れずになった娘が生家へ復帰を果たす第一部を受けて、第二部では娘の発見に至る過程が詳述される。語り手を務める下宿屋の娘小泉ノユリと似顔絵描の青年の交流を基調に、構成の妙と軽やかな筆致が爽快な、ユーモアミステリの佳品。(粗筋紹介より引用)
 『変人島風物誌』は1961年1月、桃源社の「書下ろし推理長編」シリーズの第三巻として刊行。著者の長編第六作。今回が初文庫化。
 『私の愛した悪党』は1960年2月、講談社の「書下ろし長篇推理小説」シリーズの第五巻として刊行。著者の長編第四作。
 2000年10月、刊行。

 

 2000年から連続刊行された多岐川恭の初期長編2作をまとめた一冊。
 『変人島風物誌』は再読。作者が言うとおり、犯人当てゲームを目指した小説。瀬戸内海に浮かぶ変人島で続発した連続殺人事件が作者によって提示される。以前にも書いたが、本格ミステリとしてスマートな仕上がり、かつ、変人ばかりの人間関係も面白い。ようやく文庫化された一品、読み逃すにはもったいない。また復刊しないかな。
 『私の愛した悪党』は構成に仕掛けがある。第一部のプロローグは、遠州とカンの字が、作家並川貫(本名佐川一郎)と妻香代の娘で八か月の藍子を誘拐し、身代金を要求するも、警察が見張っていたのを感づき引き上げる。遠州とカンの字は、近所のチョロから警察がこの辺りを嗅ぎまわっていることを知る。カンの字が赤ちゃんを見に行き、そのまま行方をくらます。次は第一部のエピローグとなり、笹雪郷平と名前を変えた佐川の家に、20歳になった藍子が帰ってくる。弟の珠樹と後妻の文代も喜ぶ。そして第二部が始まり、娘の藍子がどうやって帰ってくるのかという物語が繰り広げられる。貧乏だが毎日を楽しく過ごしている下宿屋の面々が面白くて、温かくなる。作者にしては珍しいユーモアミステリだが、構成に仕掛けを施すなど、作者ならではの隠し味が見事。
 どちらも読んでいて面白いし、今でも十分に通用する巧みさ。色褪せない作品群がここにある。

アンデシュ・ルースルンド & ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 凶暴な父によって崩壊した家庭で育ったレオ、フェリックス、ヴィンセントの三人の兄弟。独立した彼らは、軍の倉庫からひそかに大量の銃器を入手する。その目的とは、史上例のない銀行強盗計画を決行することだった――。連続する容赦無い襲撃。市警のブロンクス警部は、事件解決に執念を燃やすが……。はたして勝つのは兄弟か、警察か。スウェーデンを震撼させた実際の事件をモデルにした迫真の傑作。最高熱度の北欧ミステリ。(上巻粗筋紹介より引用)
緻密かつ大胆な犯行で警察を翻弄し、次々と銀行を襲撃していくレオたち。その暴力の扱い方は少年時代に父から学んだものだった。かつて彼らに何がおこったのか。そして今、父は何を思うのか――。過去と現在から語られる"家族"の物語は、轟く銃声と悲しみの叫びを伴って一気に結末へと突き進む。スウェーデン最高の人気を誇り、北欧ミステリの頂点「ガラスの鍵」賞を受賞した鬼才が、圧倒的なリアリティで描く渾身の大作。(下巻粗筋紹介より引用)
 2014年、スウェーデンで発表。2016年9月、ハヤカワ・ミステリ文庫創刊40周年記念作品として、邦訳刊行。

 

 著者の一人、アンデシュ・ルースルンドはジャーナリストの活動を経て、2004年にベリエ・ヘルストレムとの共著『制裁』でデビューし、翌年、第14回ガラスの鍵賞(最優秀北欧犯罪小説賞)受賞。本作から始まる「グレーンス警部シリーズ」がベストセラーになる。2009年に発表した同シリーズ第五作『三秒間の死角』で2011年、英国推理作家協会賞インターナショナル・ダガー受賞。
 著者のもう一人、ステファン・トゥンベリはスウェーデンの作家、シナリオライター。合作した理由は訳者のあとがきで語られるが、ここでは伏せる。
 この軍人ギャング事件については実際にスウェーデンで起きた事件であり、ブロンクス警部などは架空の人物であるし、実際の事件との犯行期間の違いなどはあるものの、事件内容については概ねそのままだという。また兄弟たちや父親との会話もほぼ実際のものだという。
 実際に兄弟たちが事件を起こす現在と、兄弟たちの過去が交互に語られる構成となっている。まずはリアルな事件描写が圧巻。さらにその事件の背景にある心理描写がすごい。緻密な事件計画と、ちょっとの狂いから計画が壊れていき、軌道修正する展開も面白い。さらにもう一つ特筆すべきなのは、犯人たちの家族の描写だろう。兄弟愛、反発する父子、そして母子。幼少のころから大人になるまで、変わらないようで変わり、変わっているようで変わらない親子関係と兄弟関係の微妙な綾が読者を惹き付ける。
 とりあえず、すごい犯罪小説を読ませてもらった。大満足。ただ、これの続編を読みたいとは思わなかったな。

横溝正史『横溝正史少年小説コレクション6 姿なき怪人』(柏書房)

 横溝正史の少年探偵物語を全7冊で贈るシリーズ第6弾。
 人にその素顔を知られることなく、神出鬼没・大胆不敵な宝石強奪を成功させる『まぼろしの怪人』、自らの欲望のためには殺人をも辞さず、ついには幼き姉妹へと魔手を伸ばす『姿なき怪人』、「顔のない男」とまで称される変装術を駆使して犯行を重ねる紳士盗賊『怪盗X・Y・Z』――人々を恐怖に陥れる犯罪者たちに御子柴進少年と三津木俊助、そして警視庁の等々力警部が立ち向かう! 中学生向け学年誌に連載された三作品を、初出誌のテキストに準拠して完全復刻。なかでも『怪盗X・Y・Z』は、最終話「おりの中の男」を含む全4話収録の形での刊行はこれが初めてとなる。あらゆるミステリ好きに贈るシリーズ第6弾!(粗筋紹介より引用)
 2021年11月、刊行。

 

 『まぼろしの怪人』は横溝ジュブナイルでは珍しい連作短編集。なんといっても第1話でまぼろしの怪人が捕まってしまうのだ。ただ、脱獄で面白いトリックを使ってくれればいいのに、過去のジュブナイル作品と同じネタを流用するというのは残念。怪人二十面相のように捕縛→脱獄を繰り返すパターンは、ある程度長期スパンで行わないと、警察があまりにも間抜けに見えるのだが、まあジュブナイルにそれを求めても仕方がないか。新日報社池上社長の娘、由紀子が活躍するのが目新しいところ。
 『姿なき怪人』はネーミングセンスが悪い。まあそれはともかく、学研の学習誌に連載されていたとは思えないぐらい、普通に連続殺人事件が発生するし、その内容も残忍。編集部もよく連載を許したな、と思えるレベルである。警察も半年以上犯人を捕まえられないし、三津木の活躍も今一つ。最後は探偵小僧の機転で犯人の正体が明かされる。最後は高木彬光の某作品からの引用。中学生、うなされるだろうな……。
 『怪盗X・Y・Z』は角川文庫ではなぜか3話しか収録されておらず、第4話のみが『横溝正史探偵小説選II』(論争ミステリ叢書)で初めて単行本に収録された。そのため、全4話の形で収録されるのは初めてということになる。3話の終わり方がいかにも続きがありそうな内容で、しかも連載が休載されているわけでもないのに、なぜ3話しか収録されなかったのは謎である。しかも当時の角川文庫の背表紙は、大人物が緑、人形佐七が桃色、少年物が黄色の文字になっていたのに、本書だけが緑色の文字だったという謎の経緯がある。しかし解説の日下三蔵、この件に関してしつこいぐらい書いているのは、よほどのうらみでもあったのだろうか(苦笑)。まあ、私も並べていて納得いかなかったのを覚えているが。
 横溝にしては珍しい義賊もの。結果的には三津木・御子柴物の最後の作品となっており、できれば三津木の活躍を見たかったところだが、本作は御子柴進と、敵側であるはずの怪盗X・Y・Zがなんだかんだ手を組んで事件を解決するというパターンである。第2話では野球の試合の見学帰りという、今までにはないパターンの発端があるのが目に付く。また、御子柴進の姉が初登場している(当然、本作限りの設定)のは、時代の移り変わりを象徴しているといえるだろうか。第3話はノンシリーズの大人物の短編「幽霊騎手」を移植したもの。
 これが横溝正史最後のジュブナイル作品。すでに金田一作品の連載もほとんどない頃である。この頃まで三津木俊助、御子柴進の活躍があったと思うと、感慨深いものがある。

横溝正史『横溝正史少年小説コレクション5 白蝋仮面』(柏書房)

 横溝正史の少年探偵物語を全7冊で贈るシリーズ第5弾。
 その素顔は誰にもわからぬ変幻自在の怪盗『白蝋仮面』、人間を次々と蝋人形に仕立て上げる『蝋面博士』、空飛ぶ犯罪集団を率いる『風船魔人』、金ぴかの奇怪な姿で少女たちをつけ狙う『黄金魔人』――追いつ追われつ、騙し騙され、息つく間もなく繰り広げられる探偵劇! 少年探偵・御子柴進と敏腕記者・三津木俊助の戦いの行方や如何に? 横溝正史リバイバル時に金田一耕助ものに改変されていた『蝋面博士』は、実に50年ぶりの三津木俊助登場のオリジナルバージョンで復刊! 他に長篇とはまた一味違うひねりのきいた短篇5作も収録、充実のシリーズ第5弾。(粗筋紹介より引用)
 2021年10月、刊行。

 

 第5巻は新日報社の敏腕記者・三津木俊助と、探偵小僧・御子柴進のコンビが活躍する長編『白蝋仮面』『蝋面博士』『風船魔人』『黄金魔人』と、ノンシリーズの少女向け短編「動かぬ時計」「バラの呪い」「真夜中の口笛」「バラの怪盗」「廃屋の少女」を収録。
 『白蝋仮面』は絵物語『探偵小僧』(『横溝正史探偵小説選V』(論創社)収録)、『青髪鬼』(第4巻収録)に続いて白蝋仮面が登場。何らかのシリーズ化を目指していたのだと思われるが、本作が最後である。過去の作品のシーンをつぎはぎしたような作品。最後の宝石の隠し方には違和感ありまくり。『蝋面博士』は角川文庫での金田一耕助改変からオリジナルバージョンになって登場だが、はっきり言ってなぜこれを金田一作品に改変したのか聞きたい。本作品は特に三津木でなければいけなかった作品だろう。『風船魔人』は今までの作品とは異なるアイディアは面白いのだが、他の部分に力が入っていないのは残念。『黄金魔人』はいろは順に被害者を襲うという犯人に突っ込みを入れたいぐらい。短編は特に語るところはないが、「真夜中の口笛」の凶器トリックはドイル短編を真似たもので、実現不可能だろうがちょっと面白い。
 作品のマンネリ化は否めないが、昭和30年代まで色々な雑誌で探偵小説を書き続け、少年に探偵小説の面白さを伝え続けたのはすごいと思う。