平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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知念実希人『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)

 雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など、一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館で次々と惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。さらに、血文字で記された十三年前の事件……。謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。散りばめられた伏線、読者への挑戦状、圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。著者初の本格ミステリ長編、大本命!(粗筋紹介より引用)
 「アップルボックス」配信2021年6月~7月連載。加筆修正のうえ、2021年8月、刊行。

 

 知念実希人は名前だけ知っているが、読むのは初めて。作家デビュー10年、実業之日本社創業125年記念作品だそうだ。帯に島田荘司綾辻行人が推薦文?を書いている時点で地雷臭がプンプンするのだが、帯の裏では有栖川有栖法月綸太郎我孫子武丸大山誠一郎竹本健治、芦沢央が言葉を寄せている時点で、手に取らないという選択肢は消えていた。もっとも、島田と大山以外は褒めているわけではないよな、これ。
 11階建ての硝子の塔という時点で何か仕掛けありますよと言っているようなものだし、登場人物も偏屈なミステリマニアの大富豪、刑事、料理人、医師、名探偵、メイド、霊能力者、小説家、編集者、執事、というところで何かやらかしますよと言っている。さらに自分のかかりつけの医師、住み込みのメイドと執事、贔屓の料理人以外はわざわざ大富豪が招待したもの。大富豪による重大発表の内容が、極めて有名でだれもが知るような作品を生み出している人物が書いた遺作で、ミステリの歴史が根底から覆されるという本格ミステリ。雪崩によるクローズドサークル。ハードルを上げるだけ上げて大丈夫なのかと思ったが、読んでいくうちにどんどん頭痛がしだした(苦笑)。かつての新本格の、趣味の悪いなぞり方だな、なんて思いつつ、回収されていない伏線もあるじゃないか、なんて考えていたら、絶対やるよな、と思っていたネタに入っていった。
 言ってしまえば、新本格ファンが好みのトリックを全部ぶちこんで小説にしたような作品。島田荘司の帯の言葉は間違っていなかったよ、悪い意味で。本格ミステリがそれなりに好きな私でもバカバカしいと思うのに、本格ミステリに特別な偏愛がない人が読んだら、馬鹿じゃないか、と言うだろうな。綾辻の帯の言葉も間違っちゃいない。確かに綾辻は驚くだろう。しかも読み終わっても回収しきれていないし。これ、ただのプレッシャーだろ。
 読み終わって思ったけれど、「本格愛」じゃなくて、「新本格偏愛」だよね、このこだわりっぷりは。神津恭介や土屋隆夫が出てこない時点で、「本格愛」なんて言えないよ(個人的偏見)。これを真面目な顔をして書くところがある意味すごいけれど、バカバカしくて笑えた作品ではあった。よくやるよ、と言いたい。

ホーカン・ネッセル『殺人者の手記』上下(創元推理文庫)

  「エリック・ベリマンの命を奪うつもりだ。お前に止められるかな?」バルバロッティ捜査官が休暇に出かける直前に届いた手紙に書かれていたのは、殺人予告ととれる内容だった。悪戯かとも思ったが、無視することもできず、休暇先から署に連絡して調べてもらう。だが同名の人物が五人もおり、警察は半信半疑でいるうちに、一人が遺体で発見されてしまう。予告は本物だったのだ。急いで休暇を切り上げたバルバロッティのもとに新たな予告場が届き……。スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀賞に輝く傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
 殺人の予告状は、三通目、四通目と続いた。いずれも宛先はバルバロッティ。彼にはまったく心当たりがなかったが、予告状の件をマスコミに嗅ぎつけられ、自宅に押しかけてきた記者に暴行の被害届を出され、捜査から外されてしまう。そんなバルバロッティを嘲笑うかのように、五通目の予告状には彼のファーストネームと同じ「グンナル」の名が……。さらにバルバロッティの元に送りつけられた手記には、驚愕の事件が記録されていた。二転三転する事実が読者を翻弄する、スウェーデン・ミステリの名手の代表作。(下巻粗筋紹介より引用)
 2007年、発表。同年、スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀賞受賞。2019年、インターナショナル・ダガー賞ノミネート。2021年4月、邦訳刊行。

 

 ええっと、まったく知らない作家ですが、スウェーデンを代表する推理作家とのこと。2003年に講談社文庫から『終止符(ピリオド)』、2019年に東京創元社から『悪意』が出版されている。架空の町マールダムを舞台にしたファン・フェーテレン刑事部長が主人公のシリーズが10作目まで刊行され、『終止符』もそのうちの一つ。本作はグンナル・バルバロッティ警部補シリーズの第2作目で、6作まで出版されている。作者は40作以上の作品を出版し、三十以上の言語に訳されているそうだ。
 本作はバルバロッティの元に殺人の予告状が届けられ、そこに書かれていた名前の人物が次々と殺害されていく。その合間に、犯人らしい男性が書いた、5年前に過ごしたブルターニュ地方でのバカンスの日々の手記が挟まれる。その手記に出てくる名前が、今回の事件の被害者という趣向だ。
 結構凝った趣向になっているのだが、バルバロッティは恋人であるマリアンネと再婚できるかという方に気がとられているようにしか見えないし、そもそも殺人者に振り回されるばかり。最初の展開は面白かったのだが、バルバロッティの不甲斐なさにじれったくなってくる。同僚であるエヴァパックマン警部補たちの方が魅力ないか。そんな風に言いたくなってしまう。確かに最後は物語が二転三転するのだが、事件が長すぎて今一つの感が強かった。
 これも人気シリーズらしいけれど、いったいどういうシリーズなんだろう。そちらの方がすごく気になった。バルバロッティの家族の話が主題なんじゃないか、そんな気がしてくる。

横溝正史『横溝正史少年小説コレクション2 迷宮の扉』(柏書房)

 没後40年、いまなお読者を魅了してやまない横溝正史の少年探偵物語を全7冊で贈るシリーズ第2弾に当たる本書には、おなじみの名探偵・金田一耕助が登場する3長篇と短篇2作を収録。
 シャム双生児として生まれてきた兄弟をめぐる一族の愛憎劇と遺産相続争いが引き起こす連続殺人を描く表題作、ダイヤの入った黄金の小箱を狙って暗躍する仮面の怪人に金田一と少年が立ち向かう『仮面城』、奇術師姿の怪老人の予告通りに起きる児童連続消失事件の謎に少年探偵たちが挑む『金色の魔術師』――いずれも活劇的展開とミステリとしての意外性が横溢した傑作長篇3作に、短篇「灯台島の怪」「黄金の花びら」を収録。大人向けミステリの金田一耕助のイメージとはまたひと味違う存在感が魅力的な一冊。
 今回も初刊時のテキストを使用、従来版でなされていた改変をオリジナルに復すとともに、刊行時の雰囲気を伝える挿絵を多数収録して完全復刻!(粗筋紹介より引用)
 2021年8月、刊行。

 

 『仮面城』は仰々しいタイトルと筋立てではあるが、当時の小学生向けということもあってか、内容はあっさり目。銀仮面の正体もわかりやすいもの(小学生でも気づくだろう、これは)になっている。
 『金色の魔術師』は連載が同じ雑誌ということもあってだろうが、『大迷宮』に引き続き立花滋少年が登場し、活躍する。金田一耕助は関西で静養中ということもあり、滋たちからの手紙を基に色々とアドバイスを渡す形となっている。赤星博士が宝石狂で、信者から集めた宝石を隠しているとか、七つの礼拝堂とか、似たような設定が出てくるのは仕方がない。乱歩がよく使った消失トリックを始めとし、乱歩の少年物で出てくるトリックが多いのは参考にしていたのかもしれない。滋少年の活躍が目立つ分、等々力警部や警察があまりにも間抜けすぎるのは、少年物として仕方のないことだが、もうちょっと何とかならないものだろうか。
 『迷宮の扉』は少年物にしては珍しい本格推理作品。典型的なフーダニット作品であるのだが、金田一耕助により論理的に意外な犯人が暴かれる展開がなく駆け足になっているのが残念。もう少しうまく書けば、大人物にも使える設定だっただろう。ただ不思議なことに、一番最初の事件、すなわちの使いの者が殺された動機が全く不明。最後の真相が明かされても、殺される理由が全く浮かばない。
 私の勝手な想像だが、元々の竜神館、海神館という設定をうまく生かす展開が思いつかず、作者が慌てて舞台を東京の双玉荘に変えたのではないだろうか。証拠として残されたコバルトの髪も何だったのだろうという結果になっているし、そもそも事件の犯人は彼を殺す理由が全くない。
 最初から双玉荘を舞台にしていれば、本格推理作品としてもっと膨らますことができただろう。母屋を通らなければ反対側に行くことができず、普段は鍵がかかっているという不可能犯罪が可能な現場である。非常にもったいない、残念な作品であった。
 「灯台島の怪」は立花滋少年と金田一耕助が活躍する短編。立花滋はこの後も生かすことができたのだろうが、やはり金田一耕助が少年物と肌が合わないのか、今回で退場するのはちょっと残念。
 「黄金の花びら」は犯人当てだが、ちょっとアンフェア。大事なことを隠しているし、現実的に難しい。それでも正解者が非常に多かったとのことだが、まあ予想できるかな、すぐに。

 

 当時の横溝正史の角川文庫作品は全て読んでいるので、「黄金の花びら」以外は再読。大まかな筋は覚えているが、山村正夫はどのようにリライトしたかは、ほとんど覚えていない。読んでいて面白いことは面白いのだが、やはり少年物だよな、という筋立てがあるのは仕方がない。ただ『迷宮の扉』は当時結構好きな作品だったのだが、今回読むと結構粗が見えてきて残念。まあ、金田一耕助の活躍を読めるだけでいいっか。

R・オースティン・フリーマン『ダーブレイの秘密』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ340)

 スティーヴン・グレイは、初秋の陽当りのいいハイゲイトのウッド・レーンを、陽気な気分で歩いていた。一方のポケットには研究資料にする微生物の採集管を、一方のポケットにはスケッチブックを携えての遠足だった。『墓底の森』に踏み入って、間もなく、彼は一人の美しい女が、何かを探しているように、草むらの中をすかして見ているのに出会った。彼は、遠慮して女の横を素通りしながらも、心を誘かれずにはいられなかった。だが! それから間もなく、彼は、森の沼地に殺された男の死体を見つけたのだった!
 本書の著者オースティン・フリーマンはイギリスが生んだ最大の探偵小説作家の一人である。本職が医者だけに彼の探偵小説は法医学に関してきわめて科学的であり、いわゆる科学的探偵小説の創設者である。彼の想像したソーンダイク博士はドイルのホームズに匹敵する名探偵として、古くから探偵小説ファンの親しみある人物である。本書はつとに出版を望まれながら、今日まで訳出の機会を得なかった。本邦初訳の古典的名篇である。(粗筋紹介より引用)
 1926年発表。1957年7月、邦訳刊行。

 

 ソーンダイク博士の長編物としては有名な作品(というか、ポケミスでこれしかないからか)だが、うーん、被害者である彫刻家のジュリアス・ダーブレイの娘・マリオンと、被害者を発見した医師の若者・スティーヴン・グレイの恋物語という印象のほうが強いな。ソーンダイク博士は第二章からあっさりと出てくるし、的確なアドバイスを与えてはくれるのだろうけれど、印象は弱い。
 ページ数が少ないことも影響しているかもしれないけれど、ミステリ味は薄い。まあちょっとした恋愛サスペンスだね。ホームズの最大のライバルという位置付けにあると思うのだが、今一つ人気が爆発しなかったのはこういう長編があるせいかも。それとも逆に、ロマンスがあった方が売れたのかな。

アレックス・パヴェージ『第八の探偵』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 独自の理論に基づいて、探偵小説黄金時代に一冊の短篇集『ホワイトの殺人事件集』を刊行し、その後、故郷から離れて小島に隠棲する作家グラント・マカリスター。彼のもとを訪れた編集者ジュリアは短篇集の復刊を持ちかける。ふたりは収録作をひとつひとつ読み返し、議論を交わしていくのだが……フーダニット、不可能犯罪、孤島で発見された十人の死体──七つの短篇推理小説が作中作として織り込まれた、破格のミステリ(粗筋紹介より引用)
 2020年、イギリスで発表。2021年4月、邦訳刊行。

 

 作者のデビュー作。登場人物はグラント・マカリスターとジュリア・ハートの二人だけ。マカリスターが25年以上前、1940年代の初めに私家版として出版した短編集『ホワイトの殺人事件集』を復刊したい、とジュリアが持ち掛け、すべての作品を振り返る。「一九三〇年、スペイン」→容疑者のグループ、「海辺の死」→被害者のグループ、「刑事と証拠」→探偵のグループ、「劇場地区の火災」→犯人のグループ、「青真珠島事件」→某長編へのオマージュ、「呪われた村」→容疑者の部分集合、「階段の亡霊」→(省略)。どの短編にもテーマはあるのだが、実はこの短編集、元エディンバラ大学数学教授であるマカリスターが、1937年に書いた『探偵小説の順列』という殺人ミステリの数学的構造を考察した論文を実践したものであった。しかし、どの短編にも矛盾点がある。……なんか書いていて疲れた(苦笑)。いくつかの作品は某作家へのオマージュになっている。
 まあ、作者にお疲れさまと言いたい。よくもまあ、こんな凝った作品を書いたもんだと感心してしまう。だけど面白かったかと聞かれたら微妙。実際のところ、ここまで凝る、苦労する必要は全くないよね、これ。登場人物の二人ともお疲れさまと言いたくなるし、作者には、なぜこんな推理小説のための推理小説みたいな作品を書いたのか聞いてみたいところ。
 技巧的、というよりは作り物というのがピッタリくる作品。好きな人は好きなんだろうな、とは思う。