平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

ジャン=クリストフ・グランジェ『クリムゾン・リバー』(創元推理文庫)

 山間の大学町周辺で次々に発見される惨殺死体。拷問され、両眼をえぐられ、あるいは両手を切断され……。別の町でその頃、謎の墓荒らしがあった。前後して小学校に入った賊は何を盗み出したのか? まるで無関係に見える二つの町の事件を担当するのが、司法警察の花形と、自動車泥棒で学費を稼ぎ警察学校を出た裏街道に精通する若き警部。なぜ大学関係者が不可解な殺人事件に巻き込まれたのか? 埋葬されていた少年はなぜ死んでからも何者かに追われているのか? 「我らは緋色の川(クリムゾン・リバー)を制す」というメッセージの意味は? 二人の捜査がすべての謎をひとつに結び合わせる。フランス・ミステリ界を震撼させた大型新人登場!(粗筋紹介より引用)
 1998年、フランスで刊行。2001年1月、邦訳刊行。

 

 ジャン=クリストフ・グランジェの第二作。フランスで数か月にわたりベストセラーの上位を占める。書評誌の「リール」とラジオ・テレ・リュクサンブールが主催し、百人の読者審査員によって選ばれるRTL-Lire文学賞受賞。、2000年にマチュー・カソヴィッツ監督で映画化され、大ヒットした。2001年に公開されたとのことだが、まったく記憶がない。
 主人公は二人の警察官。一人はフランス司法警察組織犯罪対策班の元花形刑事、ピエール・ニエマンス警視正。犯人をあぶりだす能力には長けているが、激昂すると度を越した暴力を振るう癖があり、第一線からは外れている。実際本書でも、サッカーに興奮したフーリガンを叩きのめして重体という状態である。もう一人はパリ郊外の町ナンテールの孤児院で育ったアラブ人二世のカリム・アブドゥツ警部。自動車泥棒で大学を出て警察学校を優秀な成績で卒業するも、上層部に逆らって田舎に飛ばされた状態。一筋縄ではいかない二人の警察官が、別々の方向から事件にアプローチし、二人が出会ったときに、全ての謎が一つに集約され、恐ろしい真相があぶり出される。
 フランスミステリらしいしゃれた部分(そういう印象なんですよ、私にとって)は感じられないが、フランスミステリらしいノワールな雰囲気は十分。事件自体も暗いものだが、主人公をはじめとして出てくる登場人物も影を背負っている人たちばかり。それも尋常じゃない闇を背負っているし。暗い闇の奥底に流れる歪んだ情念が恐ろしい。
 そこそこの長さはあるが、謎が謎を呼ぶ展開は読者を飽きさせない。この謎がどう結びつくのだろうという興味もある。特にクライマックスへの展開は恐ろしく哀しく、そして引き付けられる。こんなの、よく考えつくなと思った。描き方を間違えると、痛いものになってしまうのだが、筆がそれを許さない。
 描写がちょっと残虐なのは苦手なのでしんどかったが、読んでいて面白かった。映画化されたのもわかる。

戸田義長『雪旅籠』(創元推理文庫)

雪旅籠 (創元推理文庫)

雪旅籠 (創元推理文庫)

  • 作者:戸田 義長
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 文庫
 

 江戸時代末期、北町奉行所定町廻り同心の戸田惣左衛門は、若かりし日より悪人の捕縛や吟味に辣腕を振るい、『八丁堀の鷹』と謳われてきた。妻に先立たれ、園芸と囲碁を趣味する惣左衛門と、やり手の父親を持ちながらどうにも気弱な息子清之介。対象的な同心親子が、時代に翻弄されながらも、遭遇した謎に真摯に対峙する。大老井伊直弼が暗殺された桜田門外の変を題材にした「逃げ水」、雪に閉ざされた旅籠での殺人事件の謎を描く表題作「雪旅籠」など全八編。惣左衛門親子に加え、惣左衛門の後添えとなる花魁お糸の推理もますます冴え渡る。時代ミステリ『恋牡丹』姉妹編、登場。(粗筋紹介より引用)
 『WEBミステリーズ』に掲載された「神隠し」、書き下ろし七編の計八編の短編集。2020年7月、刊行。

 

 大工の豊吉が毎晩外へ出かける。気になった娘が後をつけると、おしまという夜鷹に逢っているよう。寝言でおしまやおしげという名前が出てくる。豊吉は二十日ほど前、路上でおしげという夜鷹に襲われ、危ういところで難を逃れていた。「埋み火」。二人の悲しい過去が涙を誘う人情物。
 桜田門外の変時、井伊直弼の駕籠に銃弾の跡がなかった。直弼に短銃を撃つことができたのは、馬廻りで駕籠のすぐ側を歩いていた今村右馬助しかいない。目付にそう決めつけられ、右馬助の姉である美輪は、右馬助が親しく交わっていた惣左衛門に助けを求めた。「逃げ水」。不可能状況下の犯罪の謎解きだが、ものすごい肩透かし。何も実在の事件を出さなくてもと思う。
 越前屋の新右衛門が節分の舞台の跡片付け中に姿を消した。出入口は妻のおたきがずっと見ていたので、まるで神隠しにあったようだった。「神隠し」。これまた謎が解き明かされるとがっかりしますが、本題は別。夫婦の形に惣左衛門が悩む。
 かつての夜盗一味の一人で、5年前に惣左衛門が捕まえ島流しになったおもんが島抜けをした。垂れ込みに書かれた出会茶屋で惣左衛門は張っていると、確かにおもんはいた。茶屋を出たおもんは駒込の仕舞屋に入る。そこは夜盗の長であった巳之助が借りていた。5年前は口を割らずに放免となったが、今度はそうはいかない。惣左衛門は見張っていたが、突如男の悲鳴が。中に入ると、血だらけで巳之助は死ぬ直前だった。しかし中には誰もいないし、見張っていた部下はだれも出ていないという。おもんはどこに消えたのか。「島抜け」。本作品集で一番本格ミステリ度が高い作品。真相はわかりやすいけれど。囲碁が事件の謎を解くヒントになっているのは嬉しい。
 正月、惣左衛門はお糸の元を訪れた。隣の寮に住む錦屋の売れっ子花魁、浮舟は3か月前、元御家人で馴染み客の小島太一郎に無理心中を図られ、重傷を負った。小島は重追放となったが、同じく馴染みである三千石の旗本の嫡男である加藤篤之丞は他にも熱心な馴染み客が浮舟に心中を迫らないかを心配し、寮の門前で手下と一緒に見張っていた。すると寮から浮舟を呼ぶ男の声。少ししたら女の悲鳴が聞こえてきた。惣左衛門が縁側から覗くと、部屋の中が血まみれ。慌てて惣左衛門が表に駆け付けると、玄関から門に向かって雪の上に足跡が残っている。だが門前にいた加藤たちは、人など通っていないという。しかし中に浮舟はいなかった。他にいたのは下女と寮番の老人だけ。他の入り口は閂がかかっていた。そして浮舟は近くの地蔵堂で死んでいた。犯行が行えたのは加藤たちしかいないが、返り血など見当たらなかったので違う。「出養生」。お糸の安楽椅子探偵ぶりが楽しめる一編。ただ、某有名トリックが見え見え。まあ、時代錯誤ぶりを浮き上がらせるための処置なんだろうが。
 先輩同心の岩崎と一緒に内藤新宿にて下手人安蔵を捕まえた清之介。帰る途中、かつて商売のいざこざでイギリス人に刺された小間物商の兼八と出会う。大雪と成り行きで兼八と一緒に旅籠の離れで泊まることとなった清之介。深酒で二日酔いの清之介は旅籠の主人が屋外から呼ぶ声で目覚める。起きてこない兼八の部屋のふすまを開けると、兼八が刺されて死んでいた。離れは戸締りをしてあり、周りは旅籠の主人の足跡しかない。旅籠の主人は兼八が叫び声をあげているのを聞いていて、それは雪がやんだ後だった。出入り口には内側から心張棒がしてある。旅籠には兼八を敵と狙う男と女はいたが、犯行は不可能。これでは犯人は清之介しかいない。自宅謹慎中の清之介は、お糸に助けを求める。「雪旅籠」。これまた不可能犯罪もの。某有名トリックを丸々使っているが、ちょっと特殊なネタを使っており、これを推理だけで解くのは難しいだろう。
 博打で負けた地回りの青吉が難癖をつけて壺振りなどを殺害して金子を奪い、逃走。目黒の高台の廃寺にいるとの情報が入った。管轄である寺社奉行方が向かうため、清之介と老同心の西村が境内の外で後詰をすることとなった。清之介は女坂、西村は男坂の入り口で見張りをしていた。寺社方が廃寺に踏み込むも、青吉は逃走。清之介は構えていたが、誰も来ないので加勢に行こうと男坂のほうへ向かうが、西村はだれも来ていないという。そして天狗に拐かされるという伝説を持つ天狗松に、青吉の手ぬぐいがかかっていた。青吉はどこへ消えたのか。「天狗松」。犯人消失もの。これまたお糸の安楽椅子探偵ぶりが楽しめる。消失の謎はすぐに解けるだろうが、その背後にある真相はあまりにも切ない。
 岡崎藩で歩行目付を務める佐川慎之助は、明治維新後に移り住んだ戸田惣左衛門と碁会所で仲が良くなる。維新時の藩内のごたごたの尻拭いで、大納戸役の長尾半兵衛が詰め腹を切らされることとなった。家老たちの計らいで、切腹の前日に家にいた半兵衛は、夜中に裏庭で刀で切られて死んでいた。妻と息子は、こそ泥が入ってきて立ち向かった半兵衛が返り討ちにあったという。しかし二人の証言に首をひねった慎之助は、惣左衛門に相談する。「夕間暮」。事件を見破るヒントは見え見えなものの、明日(というかもう今日)に切腹を迎える男がなぜ殺されたのか。その動機があまりにも哀しい。

 

 処女作『恋牡丹』の続編。前作では時の流れが速すぎるという感想を書いたのだが、他にも同意見があったようで、作者が後書きで「本作の八つの短編は『恋牡丹』の四つの短編のいわば間隙を埋めるような位置づけにあります」と書いている。
 前作と同じような厚さで、収録作品は倍になっているのだから、一編あたりの描写が薄くなっているのは仕方のないところ。もう少し書き込んで、謎解きに徹すればよかったと思うのだが、それは作者の望む意図ではなかったのだろう。
 前半の短編は、男と女の愛の形、夫婦の形について惣左衛門が悩む展開。後半は清之介がお糸にひそかな恋慕を抱くところと、武士の時代の終わりの断末魔みたいな一面を見せた展開が続く。こちらももっと書き込めば読みごたえのある作品に仕上がったと思うのだが。いずれもあっさりと書きすぎて、流してしまった仕上がりになっているのが残念である。
 希望通りの続編を書いてくれたことには満足。惣左衛門、清之介、お糸というキャラクターは悪くない。だからこそ、もう少し活躍を読んでみたかった気がする。一冊にするのではなく、もう少し書き込めばミステリとしても時代小説としても読み応えのある作品に仕上がる可能性があったかと思うと、非常に残念である。それなりに面白かったし、軽く読み流すにはいいかもしれないが。

 

ミステリー文学資料館編『江戸川乱歩と13人の新青年 〈論理派〉編』(光文社文庫)

江戸川乱歩と13人の新青年 〈論理派〉編 (光文社文庫)
 

 この雑誌の歴史は即ち日本探偵小説の歴史である――江戸川乱歩がこう言い切ったのは、一九二〇年創刊の「新青年」だ。一九三五年、その乱歩が長文の評論「日本の探偵小説」を発表した時、各作家の代表作として挙げられていたのは、ほとんどが「新青年」に発表の作品だった。乱歩の目にかなった、「新青年」の新たな傑作集の一冊目は、〈論理派〉編である。(粗筋紹介より引用)
 甲賀三郎「ニッケルの文鎮」、海野十三「爬虫館事件」、小栗虫太郎「聖アレキセイ寺院の惨劇」、大阪圭吉「石塀幽霊」、木々高太郎「網膜脈視症」、石浜金作「変化する陳述」、小酒井不木「痴人の復讐」、米田三星「蜘蛛」、浜尾四郎「彼が殺したか」、山本禾太郎「開鎖を命ぜられた妖怪館」、羽志主水「監獄部屋」、平林初之輔「予審調書」、角田喜久雄「現場不在証明」を収録。江戸川乱歩の評論「日本の探偵小説」における解説と作家紹介の項目を適宜引用。2008年1月、刊行。

 

 解説の山前譲曰く、乱歩「日本の探偵小説」における各作家の評価を基に編んだアンソロジー。〈論理派〉というのは当時の江戸川乱歩が「日本の探偵小説」の中で探偵小説家を分けた分類の一つである。〈論理派〉はまたは「科学派」でもあり、外の如何なる形式よりも理知探偵小説への執着の一層強い作家たち。一方の〈文学派〉は、論理よりも何かしら芸術的なものへの憧れの強い人々、彼等の嗜好は「探偵」よりは「犯罪」、「論理」よりは「感情」、「正常」よりは「異常」に傾き、その作品も怪奇、幻想の文学が大多数を占めているような作家群、とある。さらに〈論理派〉は「理化学的探偵小説」「心理的探偵小説」「医学的探偵小説」「法律的探偵小説」「社会的探偵小説」「その他の理知的探偵小説」に細分化され、〈文学派〉は「情操派」「怪奇派」「幻想派」に細分化される。違和感のあるセレクトである石浜金作「変化する陳述」と米田三星「蜘蛛」は「医学的探偵小説」、羽志主水「監獄部屋」は「社会的探偵小説」という乱歩の分類になる。
 光文社文庫の他のアンソロジーとは被らないようにセレクトされているとはいえ、ほとんどが各作者の有名作・代表作ということもあり、他のアンソロジーや作者自身の傑作選などで読んだものばかり。中身を忘れていたものがあっても、読み始めるとほとんどは結構思い出したので、意外と記憶力あるじゃないか、などと思ってしまったり。個人的に好きなのは小酒井不木「痴人の復讐」(これは本当に怖い)、羽志主水「監獄部屋」(これはプロレタリア文学としても傑作じゃないのかな。プロレタリア文学、ほとんど読んだことないけれど)。
 『新青年』の果たした役割、などといった観点から読もうとすると、ちょっと薄い内容。あくまで江戸川乱歩の当時の探偵小説の視点、という観点で読むべきアンソロジー。まあ、昔の『新青年』関連のアンソロジーを持っている人に入らないだろうけれど。

 

 昔から『13の密室』『13の暗号』みたいに「13」の数字がアンソロジーに使われることがあるけれど、やっぱり忌み数だからかな。

デイヴィッド・ピース『TOKYO YEAR ZERO』(文春文庫)

TOKYO YEAR ZERO (文春文庫)

TOKYO YEAR ZERO (文春文庫)

 

 1945年8月15日。玉音放送の響く中で見つかった女の死体。そして1年後に発見される第二、第三の死体。GHQ占領下の東京に殺人鬼が徘徊している! そいつを追う警視庁の三波警部補。だが三波自身も警察組織も暗い秘密を隠していた……。実在の連続殺人に材をとり、圧倒的リアリティで描く戦後の闇。衝撃の警察小説大作。(粗筋紹介より引用)
 2007年10月、イギリス、アメリカ、日本で同時刊行。2012年11月、文庫化。

 

 作者は1967年、イギリス、ヨークシャー生まれ。1994年より東京に在住、1999年の『1974 ジョーカー』で作家デビュー、2004年の長編『GB84』でジェイムズ・テイト・ブラック記念賞を受賞する(作者紹介より引用)。作者は13年間、日本に滞在していたとのこと。
 本作品はGHQ占領下の東京で発生した怪事件を描く「東京三部作」の第1作。7人の女性が連続殺害された小平事件が扱われている。最もメインとなるのは、主人公の三波警部補や警察組織が隠していた秘密のほうになるのだが。
 はっきり言って読みにくい。文体自体も独特だし、カタカナの擬音語がこれでもばかりかと差し込まれ、さらに白昼夢を見ているのかと言いたくなるようなわけのわからない場面が挿入されたりと、これでもかとばかりなぐらい読書意欲を削ぐ文章が続く。小平事件自体有名な事件だし、内容的に新しいものが出てくる要素はない。英国人が当時の日本を書いただけ、という印象しかなかったのだが、途中から作者の意図が何となく見えてきて、そこからは興味を持って読むことができた。日本人ではない人物が描いた、占領下のニッポン。日本人が避けていた狂気と無秩序の部分が浮かび上がってくる感がある。
 資料だけでよくこれだけ書いたな、というのが本音。日本人が避けてきた日本の恥部に触れたような印象を受ける。ただ、何も小平事件を選ばなくても、とは思ったが。