平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社)

medium 霊媒探偵城塚翡翠

medium 霊媒探偵城塚翡翠

  • 作者:相沢 沙呼
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は、心に傷を負った女性、城塚翡翠と出逢う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく、香月は霊視と論理の力を組み合わせながら、事件に立ち向かわなくてはならない。一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた。一切の証拠を残さない殺人鬼を追い詰めることができるとすれば、それは翡翠の力のみ。だが、殺人鬼の魔手は密かに彼女へと迫っていた――。(粗筋紹介より引用)
 2019年9月、書き下ろし刊行。

 「第一話 泣き女の殺人」「第二話 水鏡荘の殺人」「第三話 女子高生連続絞殺事件」は、霊媒探偵城塚翡翠と推理作家香月史郎が遭遇した殺人事件の謎を解く物語。翡翠から聞いた死者の言葉を頼りに、香月が謎解きを行う。最も直接犯人の名前がわかるのは第二話だけであり、第一話と第三話は異なる。それでも証拠能力のない死者の言葉を頼りに、香月がロジックを当てはめていくという趣向は、どこかで読んだ気もするが楽しめる。まあ第一話の最後のところなんて藤原宰太郎の推理クイズじゃないか、と突っ込みたくなったが。
 間に挟まれる「インタールード」は、連続殺人事件の犯人によるつぶやき。そして「最終話 VSエリミネーター」でその犯人と対峙し、正体が明かされる。はっきり言って、本格ミステリ慣れした人なら犯人は予想つくだろう。
 最終話を読んでいても、どうしてこれが「最驚」なのかさっぱりわからなかったが、最後まで読んで納得。なるほど、この仕掛けはお見事と言いたい。ただ感心はしたが、そこまで驚くほどじゃなかったな。なんか、自分がひねくれているようで嫌だが、それが正直な感想だから仕方がない。個人的には、これだけ伏線を貼ってくれて、お疲れさまでした、と言いたい。仕掛けのほうはともかく、物語としての面白さが今一つだったんだよね。それすらも伏線かもしれないけれど。
 このミスでは第1位だったけれど、この仕掛け以外の部分も込みで評価しているのかな。うーん、うーん、1位でもおかしくはないのかもしれないけれど、これを1位というのには抵抗感があるかな。小説として読んで面白かったの? と聞いてみたいところ。

少し自分を追い込んでみる

 年末年始に一日二冊は読もうと思っていたのだが、残念ながら果たせず。それでも今年は読む本を増やそうと思い、とりあえず読んだ本を片っ端から感想を書くことにした。今までだったら、時間のある時に感想をストックして、少しずつアップしていたのだが、感想を書く余裕すらなくなってきたので、止めてみる。こうすれば少しは未読本が減るかな、と思っているのだが、どうだろう。

 仕事方面で自分を追い込もうと全く思わないところが、問題なのかもしれないが、そんな気は全くない。ぐうたら社員である。

有栖川有栖『カナダ金貨の謎』(講談社ノベルス)

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

 

  民家で発見された男性の絞殺体――殺害現場から持ち去られていたのは、一枚の「金貨」だった。完全犯罪を計画していた犯人を、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖がロジックで追い詰めていく! 表題作「カナダ金貨の謎」ほか、切れ味鋭い中短編「船長が死んだ夜」「エア・キャット」「あるトリックの蹉跌」「トロッコの行方」を収録。待望の“国名シリーズ”第10弾!(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』『ダ・ヴィンチ』アンソロジー他に収録された中短編5編を収録。2019年9月、刊行。


 「船長が死んだ夜」は犯行現場に残された証拠から犯人を導き出す中編。ロジックをここまでお手軽(誉め言葉)に読みやすく書けるのは、有栖川有栖が今はトップだろう。田舎町や登場人物の描写も悪くない。
 「カナダ金貨の謎」は、途中アリスの視点も混じるものの、倒叙物の中編。最後の謎解きはお見事と思ったけれど、犯人側ももう少しどうにか動けなかったのかとは思ってしまう。元プロレスラーのバーテンダー、また見てみたい。
 「トロッコの行方」は、マイケル・サンデルの著書からトロッコ問題に派生した話題からスタートする。とはいえ、トロッコ問題って初めて聞いた。我ながら勉強不足だったが、倫理学では有名だった。ただこの事件だったら、なにもトロッコ問題と関連付けなくてもよかった気もする。その分、余計に長くなって、やや間延びしたのではないか。
 「エア・キャット」は短編。猫好きの作者らしいとはいえるが、どちらかと言えば掌編に近い。箸休めの一編。
 「あるトリックの蹉跌」は、アリスと火村の出会いが描かれた一編。読者サービスみたいな一編だが、最後がいいな。
 手堅いと言ってしまうと申し訳ないが、安心して読める作品集。これは、と唸るような作品こそないものの、本格推理小説の味わいを十分に楽しむことができる。言い方は悪いが、マニアと一般読者の両方が読むことができる作者だろう。そろそろ学生アリスシリーズを完結させてほしいところだが、まずは国名シリーズがまだ続ける意思があることに安心すべきか。

伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

刀と傘 (明治京洛推理帖) (ミステリ・フロンティア)

刀と傘 (明治京洛推理帖) (ミステリ・フロンティア)

 

  慶応三年、新政府と旧幕府の対立に揺れる幕末の京都で、若き尾張藩士・鹿野師光は一人の男と邂逅する。名は江藤新平――後に初代司法卿となり、近代日本の司法制度の礎を築く人物である。二人の前には、時代の転換点ゆえに起きる事件が次々に待ち受ける。維新志士の怪死、密室状況で発見される刺殺体、処刑直前に毒殺された囚人――動乱期の陰で生まれた不可解な謎から論理の糸が手繰り寄せる、名もなき人々の悲哀を活写した五つの物語。破格の評価をもって迎えられた第十二回ミステリーズ! 新人賞受賞作「監獄舎の殺人」に連なる時代本格推理、堂々登場。(粗筋紹介より引用)
 「佐賀から来た男」「弾正台切腹事件」「監獄舎の殺人」「桜」「そして、佐賀の乱」の五編を収録。第十二回ミステリーズ! 新人賞受賞作、『ミステリーズ』掲載作品に書き下ろし二編を加え、2018年11月、刊行。2019年、第19回本格ミステリ大賞受賞。

 

 明治維新を舞台に、若き尾張藩士・鹿野師光と江藤新平が謎解きを行う五編を収録。最も単純な謎解きというわけでなく、幕末から明治にかけての時代背景を色濃く投影した作品に仕上がっているところが素晴らしい。フーダニットだけでなく、その時代ならではのフワイダニットが見事。本格ミステリでこれだけ時代色を濃く絡めた作品なんて珍しい。特に「監獄舎の殺人」は傑作。最初は「死刑囚パズル」の維新版かと思っていたら、見事な背負い投げを食らった。「桜」なんて、倒叙ものだよ。時代小説で正面から倒叙ものに向き合うというのもすごい。
 登場人物の描写も、時代背景の描写も素晴らしい。江藤新平なんて個人的には征韓論で先走った人物程度の認識しかなかったが、本書を読むとすごく興味が湧いてくる。鹿野師光も実在するのかと思って、調べちゃいましたよ。さすがに実在しなかったけれど。
 こういうのを読むと、明治維新ももう少し調べてみたくなりますね。個人的には政権が徳川から薩長土肥に変わった程度のイメージしか持っていなかったけれど(その後の近代化はまた別の話)、もっとドロドロした話、ミステリの題材にもなりそうな話があるんだろうな、なんて思ってしまう。とにかく、見事な作品集でした。

藤原宰太郎・藤原遊子『改訂新版 真夜中のミステリー読本』(論創社)

改訂新版 真夜中のミステリー読本

改訂新版 真夜中のミステリー読本

 

  1990年7月にワニ文庫から出版された『真夜中のミステリー読本』の改訂新版。「二一世紀のIT社会にも通用するミステリーの案内書を作りたい」という藤原宰太郎の遺志を継ぎ、長女の藤原遊子が加筆、訂正、項目の削除を行い、生まれ変わらせた一冊。2019年12月、刊行。


 インターネットで何でも調べられる時代になったこと、そしてミステリーという分野が成熟しきったこともあり、ガイド本が姿を消すようになってしまったため、この本が復活したのは嬉しい。ただ復活するのではなく、内容も2019年の時点に書き改められている。
 削除されたエッセイもいくつかある。「ハードボイルドが日本ではやらぬ理由」。これは日本でもハードボイルドの名作が多数出るようになり、時代と合わなくなったから削除されている。本書では「感傷を切り捨てたハードボイルド小説」とタイトルを変え、内容も一部のみ収録された。
 「日本ミステリーの特徴<その2>」も削除。日本の、特に新人に密室トリックが多い、という苦言である。これはあえて残してもよかったと思うんだけどね。
 「創作意欲と性欲は比例するか」が削除。本エッセイに限らず、下ネタ系はたいてい書き改められているか、削除されている。「カギを握るのは俳句」が削除。元版の目次に載っていない項目だが、これは残しておいてもよかったと思う。「航空ミステリー傑作選」「海洋ミステリー傑作選」も削除。「ホモ探偵」「インポ探偵」「江戸の名探偵」「名探偵、全員集合!」が削除。前2項はさすがに今ではやばいでしょう。江戸の名探偵は、内容が「江戸の捕物帳傑作選」と被るからかな。最後のは残しておいてもよかったと思うけれど。
 第六章「名探偵の推理は間違いだらけ」は丸々削除。まあ、これはないほうがいいでしょう。言い出したらきりがないし。<久我京介のミステリー談義>も削除されている。これは別にエッセイのほうに組み込んでもよかったと思うが。
 逆に追加されたのは「世界最初の長編推理小説」「法律を利用した捨て身のトリック」「四人揃えば新人作家」「三〇を越えるペンネームを持つ作家」「読者を犯人にした究極の大トリック」「あの世が舞台のミステリー」「味覚が暴く犯罪」「犯人は見た」「透明人間のミステリー」「嘲笑う犯人、敗れる探偵」「新素材で大変身」「写真とミステリー」「エレベーターとミステリー」「動物のトリック」「乗り物のトリック」。
 他にも改訂されたところは多い。先に書いた下ネタ系の他にも揶揄している文章、表現に問題がある文章などは徹底的に直している。
 そして本書のいいところは、藤原宰太郎の欠点と多くの人が指摘しているネタばれに対する配慮ができるだけなされているところだ。文章中の紹介でも具体的にタイトルを出すのではなく、「〇〇〇〇の長編」という形に書き改め、注釈をつけて章末に作品名を紹介する態に書き改められている。これでネタバレに関してはだいぶ改善されたと言えるだろう。トリック紹介についてはどうしてもネタバレになってしまうが、間羊太郎が言っていたように、数多く紹介されるとかえってタイトルなどを忘れてしまうものだ。さらに多くの方に協力をいただき、トリックなどについての原典が大幅に増えている。これもまた見どころの一つだろう。
 今日でも十分通用するガイド本に生まれ変わったと思う。ただ残念なのは、原典に沿った形になっているので、ランダムにまとめられた印象がぬぐえないところだ。いっそのこと、ミステリーの歴史とかトリック分類とか、入門書的な形でまとめてほしかった。それとも、今後はそういう形で一冊にまとめてくれるのだろうか。今までの著作から書き出して、一冊を書くことは十分可能だろう。藤原宰太郎はネタバレなどの問題点はあったかもしれないが、ミステリーの楽しさを何も知らない人たちに紹介していった功績が非常に大きい。今こそ、そういう観点でまとめた本を編集してくれないだろうか。名探偵編とトリック編と歴史編をうまく絡めて。